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第三章・重力の楔①

 横濱の暗部、ポートマフィア建造物入口。 「ねえ!」  車を降りる中原中也に声を掛ける人物が居た。其の人物は目深に被る探偵帽の唾を持ち上げ、覗く前髪の隙間から中也に視線を向ける。  其の人物は武装探偵社の重鎮、江戸川乱歩。中也の帰還を待ち構え居たように現れた其の姿は中也が警戒するに足る存在だった。そして乱歩の後ろには金髪の長身が一人、中也は此の男の事も知って居た。太宰治の現在の相棒である国木田独歩、武術に秀でた人物と訊いている。 「……何か用かよ」  中也は機嫌が悪かった。停戦中とはいえ敵対組織である探偵社の訪問を快く受け入れる必要も無い。第二の理由として半月程度太宰と連絡が付かない処にあった。  嘗て中也の相棒だった太宰が組織を抜けてから四年、現在は最低でも週に一度は互いに連絡を取り合って居た。其れが半月も連絡が取れないという事は今迄無かった。属する組織が異なれば告げる事情も互いに異なる。単純に元相棒という関係性ならば気に留める程の事でも無い。二人は単なる元相棒という間柄では無く恋仲だった。其の為、太宰からの連絡が途絶えた事が太宰からの意思表示なのでは無いかと受け取ると、とてもでは無いが現在の太宰の相棒を快く迎える気にはなれない。  二人の目的が何処に在るのか、中也は其の意図を図りかねた。二人にも中也の動揺が受け取れたのか、一歩前に出ようとする国木田を遮り乱歩が口を開く。 「太宰が此の半月行方不明だ」 「はァッ!?」  思わず素っ頓狂な声が飛び出て中也は咄嗟に自らの口を覆う。 「俺に其れを伝える意味は何だ」 「だって君、太宰の恋人だろう?」  太宰が自ら二人の関係を公にするとは考え難い。ポートマフィアの情報でも江戸川乱歩の【超推理】に掛かれば一切の隠し事は出来ない。恐らく其の類であろうと中也は自らを納得させる。 「ポートマフィアは太宰に何もして無ェぞ。 俺が知らない訳が無ェ……其れよりも、」  中也は肩に掛けて居た外套を放り投げると二人に歩み寄り、乱歩を押し退け其の背後に立つ国木田の胸倉を掴む。 「手前の事、俺が何も知らねェとでも思ってんのか?」  知ったのは偶然の出来事だった。太宰の耳裏に覚えの無い接吻痕が残されていた事を問い詰めれば国木田との関係を白状した。然しお互い恋愛感情が伴っていないという太宰の言葉を中也は信じた。  乱歩は中也を止める事はせず、国木田も何処か覚悟を決めた様子で中也を見下ろす。 「俺に責任が無いとは云わない」  ぽんぽん、と乱歩が中也の肩を叩く。 「其の件は別でやってよ、此方も急いでるからね」  血気を抜かれ口惜しくも中也は握る手を離す。二人の関係は以前からの事だった。今太宰が失踪した件と直接の関係は無さそうだと中也は外套を拾い上げ片肩に担ぎ持つ。  乱歩の話を要約すると、太宰と国木田の行為を目撃して仕舞った探偵社の新入社員である敦。敦は太宰と関係を持った事を白状したと云う。其れを訊いて中也の血管はぶち切れそうだった。ポートマフィアに居た当時の太宰ならば仮に部下の芥川が血迷ったとしても一笑に伏した事だろう。 「此れあげるから少し落ち着いてくれる?」  駐車場周辺の大気が重苦しく変化しつつあった。中也の怒りが無意識の内に重力を生み出したと気付いた乱歩は中也にそっと一枚の写真を差し出す。其れは太宰が自らの机の上で転た寝をしている物だった。 「……貰っといてやる」  目新しい物でも無かったが油断しきって居る太宰の寝姿を納めた物はそう多くは無い。一旦ではあるが溜飲を治めた中也は受け取った写真を胸衣嚢へと仕舞い込む。 「此方も急いで居るから要件を云うよ。 ――禍狗、芥川龍之介は今何処に居る?」

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