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第138話(完)
「…碧生、そんなんじゃ足りないよ」
「おっ、教えてもらった通りにやった」
「うーん、じゃあもっときもちいいキスを教えるね」
「え…?」
「目、瞑って」
「…、……うん」
素直な碧生は、言葉に従うよう長い睫毛を伏せる。
今度は、俺から1センチの距離を埋めた。
ほんの少し乾いた下唇を食むように啄んで、ぺろりと舐める。
碧生の身体がびくっと大きく反応して、ジャケットを掴む手に力が入った。
眼鏡取ってあげるの、忘れた。
ん、ま、いっか。
何度も何度も繰り返し舐めていると、食いしばるように閉じていた唇がほんの少しだけ開けられた。
なかば無理矢理こじ開けるように、唇の奥へ舌を入れ込む。
「…へっ」とわずかな隙間から吐き出された碧生の動揺は無視して、そのまま舌を動かした。
碧生の縮こまった舌を優しく吸って、弄ぶように絡ませる。
口内を味わうように侵してから、また舌を絡ませる。
ぴくっと、ひとつひとつの動きに、碧生の身体は素直に反応してくれた。
「…んっ」
無意識に甘く吐き出される吐息が、耳を通り過ぎる。
あー、だめ。
本気で理性が吹っ飛びそう。
でも、焦っちゃ駄目だよね。
碧生はすべてが初めてなんだし、いっこいっこゆっくり進んでいきたいから。
顎に垂れた涎を舐め取って、もう一度くっ付けるだけのキスをして。
名残惜しいけど、唇を離した。
碧生はすでに力を失って、へなへなと腰から崩れ落ちる。
その身体を支えるよう、優しく抱き締めた。
「…碧生、きもちよかった?」
「……頭の中が真っ白になった」
「そっか、良かった。このキスも覚えてね」
「……毬也もきもちいいの」
「うんっ、もちろん」
碧生は俺の背中に腕を回し、胸元から顔を上げる。
「……それなら、がんばる」
「碧生…」
「…毬也が喜ぶこと、したい。俺も毬也の望みは全部叶えたい」
「…」
「俺の人生は、今も昔も…これからも毬也中心で回ってるから」
息は上がったままだったけれど、碧生ははっきりと強い口調で言ってくれた。
射抜くような眼は、また俺の心へしっかり突き刺して、…多分、一生外れないんだ。
大好きだよ、碧生。
よくある、ありふれた話。
俺、藤井毬也と日野碧生は、家が隣同士で同い年の幼馴染。
小さな頃は家族のようにいつも一緒だったけど、『思春期』という三文字が俺たちを離してしまった。
でも、またそばに戻った。
そして、たくさんの感情を知り合って、誰よりも近い存在になった。
それが、俺の『初恋』。
これから先、ずぅっと続く俺たちの『初恋』。
*おしまい*
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