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Part.1
――その連絡は、突然だった。
珍しく弟の昭から電話が入ってきて、いったい何事だと思ったが話はごく単純で。
「…やれやれ…どうするかな…」
「…おや、結真君。そんなにため息をついて…どうかしましたか?」
「ああ、芝崎さん。…いやさっきね、急に昭の奴が俺の携帯に連絡入れてきたんですよ。それで何事かと思ったら、夏休みの盆合わせで親父の法事をやるとか言い出してきて。…今は亜咲の事もあるし、どうしようかと思ってるんですよね」
「…いいんじゃないですか。亜咲君の方はみわ子さんも居るし、何なら航太に任せてもいいと僕は思ってますけどね。…それに今のこの時期に連絡があったという事は、恐らく今回が最後になるっていう意味もあるんじゃないと」
「…あーそうか、うちの母ちゃんももう歳だからな…。けど、親父亡くなってからもう20年近く経ってるのに何で今更…ってのもあるんですよね」
「まあその辺りは、昭君なりに何か考えがあっての事じゃないかと思ってますけどね。…でもそういう事なら僕も一緒に行きますよ。…結真君さえ良ければ」
「…ええ!?何で?」
「…ねえ結真君。君、忘れてませんか?…僕も一応、君の親戚にあたるんですけどね?」
「……え、そうだったっけ?」
「以前教えたはずですよ、僕の旧姓の事も。…覚えてませんか?」
「えーと…。」
「僕の旧姓は『勝俣』ですよ」
「……!!」
ああ、そういえばそうだった。俺は以前、芝崎から聞いた話を数年ぶりに思い出した。
最近は親戚とか幼馴染とかそういう関係よりも、恋人としての芝崎と過ごす時間の方が長すぎて、俺はそんなバックボーンを全て度返しするかの如く忘れてしまっていた。
「…結真君は僕の事をどんな存在だと思っていたんですか?」
「どうって言われても…今の芝崎さんは俺の仕事のパートナーで……それから……。」
「…それから?」
「……俺の……恋人……。」
「…はい、良く出来ました。……じゃ、ご褒美のキス」
「……っ!!」
そこから抵抗する間もなく、俺は芝崎に唇を奪われた。
最近の芝崎ときたらいつもこれだ。…以前は仕事中にはなるべくプライベートを持ち込まないという確固たる保障があったはずなのに、このところはあまりそういう区別が無くなってきている感じがする。流石に身体までを求めるという事はないのだけれど、こうした軽いキス程度は日常茶飯事になってきている。
俺自身、初めての頃に比べればだいぶ慣れてきたとは思っているけど、それでもやはりどこかにまだ羞恥心のようなものを感じていて、予測なしでこれをやられるとどうしても戸惑いを隠せないのだ。……しかしながら、芝崎ってこんなに軽い奴だったっけ?
俺が心を許しているのが悪いと言われてしまえば、確かに否定は出来ないけれど…。
「……あんた、歳食ってから見境なくなったな」
「そうですか?…僕はいつもと変わってませんが」
「今じゃねぇ、昔の話だ。最初の頃はもっと常識があったぞ?…仕事とプライベートは別だってな。それが今はどうだ?客が居ないからまだマシだが、人前でも関係なくキスするとか普通の人間のする事じゃねぇぞ。店舗の外から見られたりしたらどう説明する気だ?」
「そのまま説明しますよ。君は僕の恋人ですからね」
「……ああそうかよ。…ったく、何でこんな奴が……。」
「…ところで、君はどう返事をするんですか?」
「…どうってあんたなぁ…」
「…いえ、法事の事ですよ?」
「…はあ?いきなり話をすり替えるんじゃねぇよ!……ったく…」
「…僕は行った方がいいと思いますけどね。…それに…。」
「それに?…他に何があるって言うんだよ」
「きちんと説明をした方がいいんじゃないかと思うんですよ、僕たちの関係について。…僕の母はもう知っていますから、特に問題はないと思いますけど…結真君の家族にはまだ言ってませんよね。…だから今回、この法事をきっかけにして僕たち二人の関係をきちんと説明して、昭君や季美枝さんに認めてもらった方が、今後の僕たち二人の将来の為には必要で、とても重要な事なんじゃないかって……そう思うんですよね」
「…まあ、それに関しては俺もいずれはって思ってますけど……けどなぁ…。」
「…何か問題でもあるんですか?」
「…いや、問題っていうか…それはもう少し先でもいいんじゃないかって……」
「結真君。今だから、なんですよ。…今回、こういう形で家族に会えるのは最後かも知れないんですよ?…昭君はまだ若い。だから彼らにはまだ先がありますけど、季美枝さんはもう妙齢ですから、今回会わなかったら今後会える可能性は低くなります。だから、このチャンスを生かさなくちゃいけない。それは分かりますよね?…それとも、君は今の関係を隠したままで、一生季美枝さんに認めてもらえないまま、会えなくなってもいいんですか?」
「…いや、それは駄目だ……。今の俺にとってはあんたが全てなんだから、その事は絶対に違えられない……。」
「そういう事なんですよ。…だから、今回は僕も一緒に行きます。…いいですね、結真君?」
「……分かりました。…お願いします」
「でしたら、今回は僕も一緒に行くと、昭君には伝えておいてください」
「……はい」
最後の方はほぼ芝崎に言いくるめられてしまった気がしなくもないが……いずれは伝えなければならない俺たち二人の関係とその現状を把握してもらうため、結果として、俺と芝崎はサロンの夏休み期間を利用して、静岡にある実家へ帰省することになったのだった。
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