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Part.8 ―ending.―

 ――俺たちが帰省から戻って来て、2週間後。 サロンは既に平常通りの営業となっていて、俺は小学生の客の相手をしていた。 「…よし、終了。お疲れさま、智くん」 「ありがとう、結真先生」 「いや、先生って言われるほどの事でもないけど…智くんは明日から学校だっけ?」 「うん、そう。夏休みなんてあっという間だもん。あーあ、まだ遊んでたいなー」 「だけどまた友達と会えるんだから、それはそれで楽しみじゃない?」 「それと勉強は別ー。先生、いくら?」 「カットだから1300円ね。…はい、確かに。智くん、また今度ね」 「うん、ありがとう!」  俺はバイバイ、と手を振って、その少年を送り出した。 その同じタイミングでバックヤードから芝崎が顔を出し、俺に声を掛けてくる。 「結真君。お客さんも落ち着いてきたし、そろそろお昼にしましょうか?」 「そうですね。…あー、腹減ったー…」 「最近は僕よりも、結真君目当てのお客さんの方が多い気がしませんか?」 「んー…言われてみればそんな気がしなくもないけど…でもまだ護さんの技術力には及ばないですよ?…しかも子供ばっかだし」 「じゃあ結真君は子供たちの人気が高いって事ですかね?」 「…誰が子供に人気だって?」  そう言いながらサロンの中にに入ってきたのは、航太だ。 そしてその手には、小さな封筒が握られていた。 「…航太。来てたのか」 「さっき来たばっかだよ。…んで、はいコレ」 「…?」 「結真さん宛ての手紙。さっきそこで郵便の兄ちゃんから受け取った」 「ああ、サンキュ。…差出人は……昭だな」 「昭って誰?」 「俺の弟だよ。多分これ、紗里ちゃんの出産の事だろうな」 「あ、生まれたんですか?」 「多分ね。無事に生まれてくれてればいいけど…」    航太から手渡されたその封筒の口を切って、俺はその中身を取り出した。 そこには1枚の赤ん坊の写真と、便箋2枚ほどに書かれた手紙が添えられていた。 「…へえ、可愛い~。ほら見てよ、護さん。この顔とかこの手とか…」 「本当ですね。…赤ちゃんが掴んでいるこの手は紗里さんですか?」 「そうだよ。…うわー、赤ちゃんの手ってこんなに小っちゃいんだ…。」 「えー、オレにも見せてくださいよ~」 「いいよ。ほら、航太。…この子が今度生まれた俺の弟の子供だよ。…可愛いだろ~?」 「…結真さん、オッサン丸出し!」 「いいんだよ。俺はもうオッサンだからな」 「…そういえば結真君。その手紙にはなんて書いてあるんですか?」 「ちょっと待っててくださいね。えーと…」  芝崎に聞かれて、俺は便箋の手紙に目を通した。 そこには、昭の嫁の紗里の子供が無事に産まれた事とこれからの生活の事、そして帰省した時に教えてもらった芝崎の生家跡の土地の今後の展開の事などが、事細かに記されていた。…そして、新たに生まれた家族への命名を『結星(ゆうせい)』とした事なども書かれていた。 「…空の星を線で結ぶように、人と人との繋がりも無限に結んでいける、そんな人間になっていって欲しい…それで『結星』か。…いい名前だな」 「じゃあ次に会う時は、菜々瀬ちゃんだけじゃなくて結星君にも何かお土産を考えないといけませんね。…何がいいでしょうか?」 「何で親父が結真さんの家族のお土産とか考えなきゃなんねーんだよ」 「…あ、そういえばそうでした…。」 「別にいいんじゃないの?…子供は誰だって可愛いもんなんだよ。…もう少し大人になれば、いつか航太にも分かる日が来るよ」 「…またそうやってガキ扱いかよ」 「…だってそうじゃん。未成年」 「…馬鹿にすんな。…オレだって、いつか亜咲に子供産ませるくらいの事はしてやる!」 「……は?」 「世の中には男でも子供を産める特殊体質を持ってる奴が居るんだぜ?知らなかっただろ」 「……何?お前、亜咲に最近相手されないからって変な妄想してる訳?」 「…妄想なんかじゃねーよ。…オレ、実際に会った事があるんだ。…そいつの見た目は普通の男だけど、体のつくりが違うんだ。男性としての生殖機能を持ちながら、同時に女性と同じ生殖機能も持ってる。男性としても女性としても、どちらでも関係なく愛し合う事が出来るんだぜ?……オレらみたいな同性愛者にとっては憧れ以上の貴重な人材だぞ?」 「……航太。やっぱりお前、頭沸いてんじゃねーの?……そんな奴、滅多に居る訳…。」    無い…と言いかけて、俺は芝崎の顔を見た。…いや、案外航太の言ってる事も嘘じゃないかも知れない。…そう思った。…しかしそんな芝崎からの答えは…。 「……僕は君たち二人が思っているような人間じゃありませんからね!……絶対に!!」  と、即刻否定された上に、そのままの勢いでバックヤードのドアを閉められてしまった。 だがしかし、一瞬怒っているようにも見えた芝崎の顔は真っ赤で、羞恥心が丸出しになっているようにも見えた。   「……嘘…。親父のあんな顔、オレ初めて見た…。…何かあった?」 「…いや、あったというか無かったというか……。」  今度は俺が答えに困っていると、察しのいい航太はここで更に究極の一言を落としてくる。 「……親父とやったのか」 「…あー、それはだな……」 「……やったんだな?」 「……あーでも、あれはたまたま成り行きでそうなったというか……いや、申し訳ない…。」  これ以上隠しても無駄だと悟った俺は、素直に認めたのだった。 「けどこの前の1回だけだぜ?……いつもは俺が護にされる方のが多いし…。」 「……え、マジで!?…あの親父が!?…結真さんにそんな事してんの!?」 「…それってそんなに驚く事なのか?……俺も護も男同士だし、どっちの立場でも出来ない訳じゃないと思うんだけど…」 「…いや、あれはそういう体質じゃないよ。…タチかネコかで例えれば、親父は完全にネコの方だぞ。ああ見えて、天性のマゾ気質持ちだからな」  「…ああ、それは何となく分かった…」 「…そうだよ。…けど、まさかなー…人は変わっていくんだね、こうやって」 「そんな事よりお前はどうなんだよ。最近亜咲に相手にされてないって聞いてるぞ」 「…今のところはね。…あいつ今、認定試験が近いからってピリピリしてる。だからオレも、なるべく邪魔はしたくないって思ってるんだ。……オレらの純粋な関係をあんたらみたいな色ボケコヤジ共と一緒にすんな、このバカップルが」 「……ほう、コヤジと来たか。…言ってくれるねぇ」 「…ジジイって言わないだけマシだと思え」  そう言って、航太は俺にニヤリと笑った。 だがそのすぐ後に真顔になって、こんな事を言い始めたのだ。 「……でも正直、オレは結真さんが親父の恋人で良かったと思ってるよ。…昔に比べて、今の親父はすごく穏やかな表情になってきてる。…前はいつも能面みたいな顔で冷たいイメージしか無かったのに、今じゃあんなにいろんな顔で笑ったり照れたり怒ったり…そんな親父が見られるようになるなんて思ってなかった。……ずっと傍に居てくれた結真さんのおかげだね」 「……何だよ急に…。」 「ありがとうって言ってるんだよ。……あんな親父だけど、これからもずっと支えていってあげてよ。……あの人、強そうに見えても本音はすごく弱いからさ…。」 「そんな事、お前に言われなくても分かってるよ。俺たちは恋人同士だからな。…任せとけ」  そう言って、俺は航太の手にハイタッチで応え、そのままその手を握り締めてやった。 ――それは俺たちと、その周りで生きている人たちへの、誓いの合図。   星の巡り合わせのように、出会うべくして出会った人たちへの全ての感謝を込めて――。      『星合の夏恋歌』 ―fin.―                 

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