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Part.7

 ――地元での最後の夜。  俺と芝崎は、Uターン帰省の道すがら、昼間に訪れた彼の実家跡を再び訪れた。 やはり昼と夜とでは、周りの景色が全く変わる。明かりも何もないこの場所は、昼間と違って何とも不気味な雰囲気を醸し出している。   ――だが、一度空を見上げれば……そこには誰もが驚く究極の光景が見えた――。 「ええ……!?嘘だろ……!」 「嘘じゃありませんよ。…これが本当の星空なんです。…まるで現実じゃないみたいでしょう?…僕も初めて見た時は驚きました」 「こんな所でこんな星空って……信じられない……!!分かってたなら何でもっと早く俺に教えてくれなかったんだよ」 「さあ、何故でしょう…。僕も不思議だったんですよね…僕はよく君の所には遊びに行かせてもらってたけど、その逆ってのはほとんどありませんでしたからね…。それとも、当時の君の性格を気にして、母が敢えてそういう風にしてたんでしょうか?」 「…ああ、そうかも…。あの頃って俺ホントにダメだったからなぁ…人が集まる所とかマジ苦手だったもん…」 「…とは言え、僕は今はこれで良かったんじゃないかって思うんですよ。…昔の君のままだったら、この星空を見ても今ほどの感動を味わう事はなかったかもしれないし、今の君だからこそ感じられるその瞬間とか、本当の気持ちというか…それを言葉にするのは少々難しいんですが…君自身が成長できたからこそ、この光景の本質的なものが理解できるようになったという事なのではないかと…」 「……そんなまどろっこしい言い方よりも、もっと単純な言葉があるぜ?……つまり、綺麗なものは綺麗なんだよ。…何でもな?」  その一言でバッサリと芝崎を論破して、俺はそのまま彼の唇にキスをした。 それも軽いものではなくて、いつも芝崎が俺に対して本気で迫ってくる時に匹敵するくらいの深くて強いものだ。    俺自身、彼に初めて心を許した3年前のあの瞬間からずっと、いつかはこうなる日が来るんじゃないかと思っていた。…かつて、芝崎は俺に言った事がある。『自分を抱きたいと思った時には、いつでも抱いてもいい。その時は素直に従うから』と。…その時の彼の言葉が真実になるのは、恐らく今のこの瞬間かも知れない。俺はそう思った。 「……結真君…?」 「…黙って。…もう少し……」  俺のそんな唐突な行動に戸惑う芝崎の唇に優しく指を添えながら、そのまま彼の身体を引き寄せて、再び深いキスを落とす。 「……ん…っう…っ……ふぁ……っ…」  「……護…。」 「…っ…結……」 「……どうしよう…。俺、止まらなくなってきた……」 「……え…?」 「…ねえ、護さん。…前にあんたが俺に言った言葉、覚えてる…?」 「……それは、どういう…?」 「…うん。『自分を抱きたいと思った時にはいつでも抱いていい』って言葉。……あんた、俺に前に言ったよな。……あれ、今この瞬間に実践してもいい…?」 「……!!」  俺がそう言うと、芝崎の表情に軽く緊張が走った。…彼はどうやら思い出したようだ。 あの頃の俺のままなら、芝崎が何故そんな事を言ったのかは分からなかったけど…今なら分かる。…そう、今なら……彼の事が本当に愛おしくてたまらない今の俺ならば、彼を最後まで抱くことが出来るはずだ。……そんな気がした。 「……護。あんたの答えは…?」 「……分かり……ました…。……でも……。」 「…でも?」 「……このままでは…。……此処では……許してください」 「…まあ、そうだよな。…どうします?……マンションに戻るまで我慢できますか?」 「……いえ、それは…。…多分無理です。……僕もあまり我慢強いほうではないので……。」 「……なるほどね。……それじゃ、移動しましょうか。…帰りの運転は俺がしますから、護さんはゆっくりしてて」 「……結真君…。」  芝崎の手に握られた車のキーを受け取って、俺はそのまま運転席に乗り込んでエンジンをかけた。そして芝崎が助手席に座るのを確認してから車を走らせ、そこから数分ほど先にあるインターチェンジ周辺のホテル街の中へと入っていった。…こういう時に限って、つくづく田舎ってのは便利なのか不便なのか分からないと思い知らされる。  大体、インターチェンジ周辺にホテル街が密集している理由って何なんだろうかとかいう疑問もあるが……今はそんな事よりも芝崎を早く安心させてあげたい方が先で、いくつか並ぶうちの外観の綺麗な所を見つけてから、車を車庫に停めた。   「…此処でもいいですか?」 「……。」 「大丈夫ですよ。此処ならちゃんとプライバシーも守られるし、車の中よりは安心でしょ?」 「……まあ、そうですけど…。結真君、本当に…?」 「…じゃあやっぱり、このままマンションまで一気に戻りましょうか?」    これは確かに自分でも意地悪い質問だな、とは思う。 しかしさっきのキスで俺が本気で芝崎を焚きつけてしまったから、彼にはもう断れる理由なんてないのだ。…その証拠に、今の彼の表情にはいつもの余裕がない。航太曰く『少々マゾっぽい気質の持ち主』である芝崎にとっては、この待っている瞬間ですら辛いはずなのだから。 「…結真君。…それは……」 「……無理、ですよね?……俺の事、早く欲しくてたまらないんですよね…?」 「…分かってるならそんな事言わないでください」 「…そうですよね、すみません。…さ、入って」  芝崎の背中を押して、部屋の中に入るように促した。 そして俺はそのまますぐそばのソファに腰かけて、まずはエアコンのスイッチを入れた。 「護さん、先に風呂使ってもいいですよ。俺、ここで待ってますから」 「……。」  そう言った俺に対して、少し恨みがましい目で芝崎が睨みつけてきたが、俺は特に気にもしなかった。いつもなら俺が芝崎にいろいろと優しくされたりする方が多いけど、今回のような逆転した立場っていうのもたまには悪くないかな?と思っているあたり、俺自身がもう既に芝崎に溺れてしまっているのかも知れない。  遠目から聞こえてくるバスルームの音に耳を傾けながら、考える。…芝崎は今、どんな気持ちでこの瞬間を過ごしているんだろう。…これまでずっと、俺を抱いてきた立場の芝崎が…今度は逆に抱かれる立場になる。かつて殿崎との身体の関係があった頃には、今のような関係が当たり前だったとは言っていたけど、それももう10年以上も前の話なのだ。…以来、芝崎が誰かと身体の関係を繋いでいるのは俺しか居ないとも聞いている。 「……結真君」 「お帰り。…こっちに座って。……うん。ソープのいい香りがする」 「…君は…?…行かなくていいんですか?」 「俺は後でいいですよ。…今は先にあなたが欲しい」 「……っ!」  俺は一気に芝崎の身体をベッドに押し倒して、そのままさっきと同じように深いキスを与えて、彼の自由を奪う。…一度ものにしてしまうと後は驚くほど簡単な事で、俺は迷いなく芝崎の身体をキスだけで愛撫していく。 「……結真君…。…君は本当に……っう、んんっ……!」 「…だってこれを俺に教えたのは自分でしょ、護さん。…あんたが俺に対してずっとしてきた事を、俺があんたにそのまま返しているだけなんですから。…違いますか?」 「…それは、確かにそうだけど……っは、あ、ああっ……」 「……ここ、感じるんですよね?」  俺はそう言いながら、固く立ち始めた胸の先を指で軽く弾いた。…その瞬間、芝崎の身体はビクリと跳ね上がって、その口からは堪え切れない声が漏れた。 「……あ、ああっ!……ま…待ってください、そこは…!」 「…駄目ですよ。待ってあげません」 「……結真君…っ……う!…あ…っ…は…ぁっ……も……胸は…!」 「…こっちの方がいいですか」 「……っは…!…あうぅっ」  感じやすい胸を弄られるのを嫌がる芝崎に対し、俺は胸と同時に下肢に手を回してそのまま軽く握り込んだ。すると芝崎は更に大きく身体を跳ね上がらせて飛び上がった。 「…ひぃっ…ああああぁ…っ!」 「…もう…。そんな声出さないでくださいよ…。俺、我慢できなくなる…」 「……っ!……それは君が……!……っああっ…。……結真…っ」 「…何ですか?」 「……っ。…も…もういい、から……。」 「……俺が欲しいですか?……答えて、護さん」 「…結真君。……来て、ください…。……僕の中で…君の全部を……満たしてください…。」 「…護さん…。…夢、見てるみたい…。こんな日が来るなんて」 「…夢じゃないですよ。……ほら、おいで」  芝崎が俺を引き寄せて、そのままゆっくりと自分の中へと導いていく。そしてその身体に足を絡ませながら、俺が中に入りやすいように自分の腰を少しだけ持ち上げる。そうしてすっかり準備の整った俺自身を当てがって、ゆっくりと息を吐きながら力を抜いた。俺はそのままの状態で芝崎の中へと少しずつ挿入していき、自分の身体に合わせるように変化していく彼の中の感触を味わいながら、彼に抱かれている時とは全く違う快感を感じていた。 「……嘘みたい。…全部、入っちゃった…。……護さん…これって…?」 「……実は、少しだけ…馴らしたんです…。…その…久しぶり、なので…」 「…あ、そうか…。でも、嬉しいです。…俺の為にここまでしてくれて」 「……結真君。……動いてください。……君のここで……僕を達かせて…」 「……護さん…。」    今度はその腕で引き寄せられ、俺の肩の後ろに芝崎の手が絡みつく。 そうされることで俺は更に深い所で中に収まる形となり、それが最も強い快感を引き起こす前立腺を刺激したらしく、芝崎が急に身体を震わせながら嬌声をあげた。 「……う、ああああぁっ!」 「…あ、ごめん、護っ」 「…大、丈夫……だから、もっと……強く…っ」 「…うん。……護。……動く…よ……」  俺は少しずつ、だけどゆっくりと芝崎の中を侵していく。 そうして俺が中を刺激していけば、彼は快楽に溺れた甘い声で啼き、これまでとは全く違う表情を見せてくる。普段の彼でもなく、いつも俺を抱く時の彼でもなく…今まで本当に俺が見た事のないような新しい表情で、俺の与える最高の快楽に翻弄されていった。 「……ねえ、護さん…。…今、どんな感じ…?」 「…あ、ああっ!…も……身体が……おかしく、なりそ…う……っ」 「…俺も…!……達くよ、護っ……!!」 「……あ、うぅ……ゆ…ま……結真…っ!……も…!…もう……っ!!……達、くぅっ!!」 「…俺、も…!……護っ…!!」 「……あ、ぁう…!…あああああーーーーっ!!」  それから芝崎は、湧き上がる快楽に身体を捩らせながらも俺を一際きつく締め上げて、そのまま強いオーガズムを迎えたようだった。…しかし不思議な事に、その瞬間に彼は吐精をすることは無かった。  だが、確実に身体はそれを超えていて…その証拠に、俺の肩にかけられていたはずの彼の手は外れて、荒い呼吸を整えながら、全身を駆け巡る快感にその身体を震わせていた。 「……護…。…今、達ったの…?」  俺がそんな事を聞いてみると、芝崎は声を出せない代わりに黙って頷いた。 そしてその後、呼吸がある程度落ち着いた頃になって、彼がやっと言葉にしたのは…。 「…僕は…どちらでもオーガズムを感じることが出来るんです」  …という、想定外の答えだった。  つまり、芝崎の場合は男性なら当たり前の吐精するオーガズムはもちろんだが、それを伴わないドライオーガズムでも『達く』という感覚を味わえるらしい。  しかしそういう体質であるが故に、彼なりの悩みはあるようで…。 「…僕はどちらでも達く事は出来るけど、ドライでオーガズムを迎えてしまうと、そこからしばらくの間は快感の波が強くなってしまうんです。…つまり、女性がオーガズムを迎える瞬間と同じで、一度達してしまうとそこから何回も同じ波が来るから、結果的に快感が収まらなくなって、その度に何度も達ってしまうんですよね…。」 「…ああ、逆にいき過ぎて辛いって事か」 「……ですから、極力ドライでのオーガズムは経験したくないのが本音なんです」 「それって今も辛いってこと?」 「恐らく、このまま更に君に追い詰められたら…僕は自分でも制御できなくなってしまいます。……だけど、今はそんな事を忘れるくらい、君を感じていたい」 「…護さん…大丈夫?…俺、そんな事言われたら…もっとあんたに酷い事をしてしまうかも知れない。……それでもいいんですか?」 「……結真君。…君がいつも僕にされている時って、どんな感じですか?」 「…え?…そう言われてもなぁ…あまり記憶が無いから覚えてない…。けど、終わった後にすごく満たされた気分になるのは…あるかも」 「…では、その時の君の感覚を…僕にも教えてください」  そして再び、芝崎は俺の身体に自分の腕を絡ませ、そのままキスを求めてくる。 俺はそんな彼の妖艶とも言える誘い方に、彼の隠された性への本質を見たような気がした。  彼は一体、これまでどれだけの人間を狂わせてきたんだろうか。みわ子さんや殿崎や…恐らく他にも彼と付き合っていた相手がいたんだろうとは思う。その誰もが、こんな彼の魅力に惹き付けられて、身体を繋いでいたのかと思うと…少し嫉妬のようなものさえ感じてしまう。  そして恐らく…同性愛者を公言している息子の航太は、その特殊性癖であるが故に、そんな父親に対して警戒心のようなものを抱えていたのかも知れないと…そう思った。 「……俺、このままだとあんたが誰も抱けなくなるような身体にしてしまうかも知れない…。そうなったらどうします?」 「…それならそれで、僕は自分の運命を受け入れます。君になら、僕はどんな酷い事をされても構わない。…そう、思っていますから…」 「……航太の言うとおりだな。あんたって本当にそんなマゾっぽい所あるんだ…。…けど、俺は嫌ですよ。…あんたには、俺の先をいつまでも走っていて欲しい。かつて俺が憧れた『護兄ちゃん』として、これからも導いていって欲しい。……俺はそんなあんたの背中を、ずっと追いかけてきたんですからね…?」 「…結真…。」 「いいですか?…俺がこんな事するのは、今回だけです。……俺はあんたの恋人です。…この心も身体も…その全てをあんたに愛される『俺』が、本当の『俺』なんです。…それだけは絶対に忘れないでください」 「……そうですね。…でも、今は……。」  芝崎が自分からその身体を引き寄せ、ゆっくりと動き始めた。 俺の中に収められたままの彼は、その動きだけでまたその存在を大きくしてくる。  芝崎が動けば動くほど、俺はグイグイと締め付けられ、僅かに萎えかけていた俺自身が再び起ち上がってくる。 「……護さん…!…そんなに締め付けないで……苦しい……。」 「……結真……。…このまま……僕を犯して…!」  そう叫んだ芝崎は、更に動きを強めて、俺自身を追い詰めてくる。 その表情にはもうこれまでの余裕や理性などというものは感じられない。ただひたすらに俺を求めて性を貪る雄の本能しか残っていなかった。 「…あっ、あ、あ、んっ、ん…っああっ…!…結真っ…結真ぁ…っ!」 「…護っ……護…!……ごめんっ、もう出る…っ!」 「……僕も…!…いっ…ア……アアああーーっ!!」  俺たちは互いの名前を呼び合って、そのまま二人同時にオーガズムを迎えた。 俺は生まれて初めて芝崎の中に自分の精を放出し、そのビクビクと震える感覚に、何とも言えない気持ちを味わった。対する芝崎は、大きく身体を震わせながら俺の腹に向かって吐精し、白い筋を伝わらせた。また、同時に後ろでもオーガズムを迎えたようで、腹の底から呻くような声で大きく叫んだ後に、バタリと身体を落として、そのまま意識を失ってしまった。   ――それからゆっくりとした寝息が聞こえてきて、すっかり眠ってしまった芝崎の顔は、とても穏やかな表情を見せていた――。  

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