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Part.6
――夏休み期間の最終日。
俺と芝崎は、昭に呼び出されてとある所に来ていた。
そこは周りに遮るものが何もなく、ぽっかりと空いたその場所だけが、まるで現実とは別世界のような不思議な風景を作り出していた。
「えー、嘘だろ…。こんな所、俺初めて見たぞ…」
「…護さんなら分かりますよね?此処が何処かっていうのは」
「……そう、ですね…。此処は…」
「え、どういう事?」
どうやら俺一人だけがこの状況を掴めていないようで、二人の間に流れる不思議な空気感が一体何なのかと分からぬままにいた。
しかしその均衡はすぐに破られ、芝崎が放った一言から全てが繋がった。
「……此処は、僕の生家があったところです」
「……えっ!?」
「あの古い建物は、かつてのバンガローの跡ですよ。…今はもう寂れてしまってますけど、僕の家族は此処でキャンプ場を経営していたんです。ですが、最後まで管理していた実姉が数年前に亡くなってからは、もうずっとあのままなんです」
「そうだったんだ…。…あ、だからいつも夏休みになると護はよく家に来てたのか。…実家がキャンプ場じゃ、そりゃあこの時期は忙しいもんな」
「…昭君。此処をもう一度キャンプ場にするという話は、本当なんですか?」
「キャンプ場というよりは、自然体験活動が出来るような施設にしたいという方が近いですね。その為に必要な環境が、此処は揃っているんです。山も近いですし、子供達がどんなに騒いでも、この場所ならば迷惑にはなりません。それに此処は、周りに遮るものが何もなくて明かりも少ないから、夜になると星が綺麗に見えるんですよ。…だからその恵まれた環境を利用して、いつでも人が集える場所を作りたい。…そしてもう一度、この町を活性化したいと考えているんです。…その為には、かつてこの土地の権利を持っていた護さん達家族の了承が必要だったんですが、その権利を持っていた最後の人も既に亡くなってしまっているので、どうしようかと思っていたんです」
「あ、そういう事か。それが護の姉さんだったって事なんだ?」
「そうですね。姉亡き後、この土地をどうするか決められるのは僕と僕の母親だけなんですが…母親は既に離婚が成立しているので戸籍は抜けてしまっていますし。そうすると最終的な判断は僕になってしまう。それでこの前、昭君と話をしたんですよ」
「へえ…。それで、護は同意したの?昭のその提案に」
「…はい。ただそのまま土地が荒れていくのを待つよりは、生かせるものは生かした方が将来の為にもいいんじゃないかと思いましたので」
「…護さん。この話、今後もこのまま進めちゃって大丈夫ですか」
「いいですよ。…昭君たち若い世代の力で、此処がこれからどう変わっていくのか…本当に楽しみですね」
「…そうだな。…そういう事なら、俺も一度は見てみたいな。その満天の星空ってやつをさ」
「……でしたら、帰る前にもう一度…此処へ寄ってみましょうか」
芝崎がそう言って笑う。
その笑顔は、この俺ですらほとんど今まで見た事がないほどの眩さがあった。
恐らくそれは、心からの本当の笑顔だろう。芝崎はいつも自分の感情を押し殺してしまう傾向が強いけど、今の彼にはその欠片は見つからなかった。
◇ ◆ ◇
――そして、夜――。
俺はついに、今回実家に戻ってきた本当の理由を伝えるために、家族に客間に集まってもらった。その隣にはもちろん、芝崎の姿もあった。
俺自身もそうだけど、それ以上に隣の芝崎の表情は硬い。
昼間見ていたあの笑顔が嘘のように消え、いつもサロンで見ている感情の起伏が少ない能面のような顔というか…いや、今はそれ以上かも知れない。感情が見えないのに、その心の中にある不安は空気を通して、まるで刺さるように飛び込んでくる。
なので、俺は家族から見えないように彼のその手に自分の手を重ねて、優しく握りしめた。
「……。」
「(大丈夫だよ…。心配しなくていい。)」
言葉には出さないけれど、握る手の強さで芝崎の心の中にある不安を払拭してやる。
そして俺はゆっくりと深呼吸をしてから、ついにその言葉を発した――。
「……改めて集まってもらってごめん。…実は俺、皆に伝えなくちゃならない大事な話があるんだ。……まずは昭。…今回はわざわざ声を掛けてくれてありがとう。おかげでこうして皆の元気な顔が見られて嬉しかった」
「何だよそのくらい。…変な兄貴だな」
「…母ちゃん、紗里ちゃん、そして菜々瀬。…皆が俺や護を快く迎え入れてくれたから、今回の帰省はとても充実してたと思う。…本当にありがとう」
「……何を言ってるんだい、あんたは…。」
「ななせも楽しかったよ!」
「うん。ありがとね、菜々瀬。……それで、ここからが重要なんだ。皆を少し驚かせるかも知れないけど……どうか許して欲しい」
俺のその言葉の真意が分からない家族の顔は、何だかおかしな感じになっている。
でもそれは、これからの俺たち二人にとっては絶対的に必要な事で、今後の人生に大きく影響を及ぼす話でもある。だから俺も、なるべく言葉を選ぶように話を続けた。
「……俺と芝崎…いや、護は……今、付き合ってる。…まあ、仕事上の付き合いってのもそうなんだけど…実はそれ以上に、俺たち二人の間には切っても切れない絆のようなものがある。
…それはつまり、お互いがお互いを想い合う『恋人』の関係なんだ。…男同士の恋愛なんておかしいって思うかも知れない。……だけど、そんな性別の壁を超えるくらい、俺は護を本気で愛してます。……それは護も同じです。…俺たちは、どちらも本気で愛し合ってる。……だから、俺たち二人の事を…認めてください…!」
そう言った俺は……生まれて初めて、家族の前で土下座をした。
それは畳の上に頭を擦り付けるくらいの低さだった。芝崎はそんな俺の行動に少し驚いていたみたいだけど、その真剣さに促されたようで、俺と同じように頭を下げてきた。
…そして、そのまま言葉を続けた。
「…季美枝さん。私のせいで、結真君に貴女の期待を裏切らせるような事をしてしまって申し訳ありません。……ですが、私も彼も…この気持ちには嘘はありません。…本気なんです。…ですからどうか……結真君を責めるような事はしないでください。…私からもお願いします」
「……護……!」
「…良いんだ、結真。…これは僕の本当の想いなんだから…。」
そんな俺の言葉を受け取った芝崎は……泣いていた。
声には出さないけれど、その表情を見ればすぐに分かった。それほどまでに芝崎が俺を愛しているという、紛れもない証拠なのだ。
俺も芝崎も、この時の心の奥の感情はボロボロだった。だけど、もう俺たち二人の関係を止める事など誰にも出来ない。…そんな俺たちの崩れそうな心を救ってくれたのは、意外にも最も幼い菜々瀬の言葉だった。
「ななせは…お兄ちゃんたちの事、嫌いになったりなんかしないよ。お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん。…結真お兄ちゃんも護お兄ちゃんも、ななせは好きだよ」
「…菜々瀬……お前……。」
「好きな人は、いつも一緒にいるのが一番楽しいんだよ。…って先生も言ってた。だからお兄ちゃんたちも、ずーっと一緒にいれば楽しいんだよ」
「そうか。…そうだね、菜々瀬の言う通りだ。……分かった。あんた達二人がそこまで真剣なら、あたしにはあんた達を責める権利なんて無い」
「季美枝さん…。」
「だけど、不幸になる事だけは許さないよ。…あたしが必死になって育て上げた息子を、あたしが見初めたあんたに預けるんだからね?……その覚悟だけは相当決めてもらわないと。分かったね?」
「……分かりました。肝に銘じます」
「結真もだよ。…お前がどうして護くんに惚れたのかは分からないけど…その気持ちが本物だって言うのなら、あたしにはもうあんたを引き留める事なんか出来ない。…全く、あんたって子は……いくつになっても手の掛かる息子だねぇ…。」
「ごめん……。」
「家の事は、昭が居るから心配しなくていい。もうすぐ後継ぎも生まれる事だし、あんたはあんたの行きたい道を進んでいきな。…もちろん、二人でね」
「後継ぎ…?…その子は男の子なのか?」
「そうですよ。男の子です」
「ななせはお姉ちゃんになるの。だからちゃんとおねえちゃんになる!」
「そうなのか…。良かった…」
「…兄貴。此処は兄貴の家なんだから、遠慮しないでいつでも帰ってきていいんだよ。…俺たちはいつだって待ってる。…護さんと二人で、また此処へ来てくれよ」
「……昭…。それに皆も…。…ありがとう。……俺たちは、こんなに恵まれてたんだな…」
この後、俺も芝崎も涙と笑いでぐちゃぐちゃになりながら……夜は静かに更けていった。
――家族の温かさというものを、改めて思い知らされた一日だった――。
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