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Part.5
その後、複合施設から自宅に戻ってきた俺たち二人はそのまま夜の法事に参加し、一通りの席を終えてから、再び此処で寝泊まりしている自室に戻った。
「…終わりましたね、芝崎さん。今日は一日…お疲れさまでした」
「結真君もね。…それにしても、今日の君は随分とペースが早かったんじゃないですか?」
「……そうですね。今日は少し酔ってるかも知れません。…でも大丈夫です」
「……あまり無理はするもんじゃないですよ。…明日は夏祭りに行くんですよね?…せっかくの祭りなのに二日酔いで楽しめないなんて、そんな事じゃ駄目ですよ」
「…ええ、それは分かってます。…けど、今日はそんな事を忘れられるくらい…嬉しいことも楽しい事もありましたからね。……このまま、時が止まればいいのに…。」
そう呟きながら、俺はゆっくりと芝崎の背中にもたれかかった。
いつもならそんな事は絶対にしないのだけど、今日は不思議と芝崎に思いきり甘えてみたい自分が居た。普段の俺からは想像もできない事ばかりを見せている今の自分を、少しも恥ずかしいとも思わなかった。
「……結真君?…やはり呑み過ぎたんじゃないですか?」
「…そういえばね……芝崎さん…」
「……何ですか?」
「…最近、菜々瀬が新しいおもちゃを見つけたらしいんですよ。それがね…」
「……?」
「……オルゴール、なんですよ……。」
「……!?…それって…」
「…親父が遺してくれたアレ、ですよ…。護と俺に遺してくれた…」
「……結真君…?」
「……俺……明日、告白します。……俺とあなたのことを。今の俺たちの関係のこと、これからの俺たちのこと……全て、家族に告白しますから…。」
「…結真君…本当に…!?」
「…言いますよ。…だって、そのつもりで一緒に来たんですよね?…違いますか?」
「……確かに、僕も最初はそのつもりでした。…でも、この数日間の君たちの様子を見ていたら……今は、その気持ちが少し揺らいでます。…例え、昭君たちには言えたとしても…君をあんなに慕っている菜々瀬ちゃんがどう思うか……」
「菜々瀬はまだ3歳です。…あの子は確かに頭が良い。この事を知ったら、もしかしたら俺はこのままあの子に嫌われてしまうかも知れない。…でも、あの子だっていつかは知らなきゃならない。……それは護さんも分かってるでしょ?…航太の父親なんだから」
「……そう、ですよね…。…分かりました。君がそこまで覚悟を決めたのなら、僕もその言葉に従います。例えどんな結果になったとしても、後悔はしません」
「……ありがとう。護……」
最後の方は自分でも何を言ったか覚えていなかった。そしてそのまま、俺は静かに眠りについたのだった。
「……結真…。…君はまたそうやって、僕の一歩先を歩き続けていくんだな……。でも、そんなお前だからこそ、僕は強く惹かれていったんだ…。…好きだよ…僕の結真。……愛してる」
俺はすっかり眠ってしまって分からなかったけど……そんな芝崎の、覚悟を決めた俺に対する本気の告白とキスは、とても甘く……そして優しかったような気がした。
◇ ◆ ◇
「おまつりー!…楽しいね、結真お兄ちゃん!」
「こら、菜々瀬!…そんなに走ったらせっかくの浴衣が崩れちゃうぞ」
「護お兄ちゃんも!早くー!」
「はいはい、今行きますよ。…菜々瀬ちゃん、とても楽しそうですねぇ…。」
「…航太の子供の頃を思い出す?」
「…うーん、そうですね…。あの頃の僕はいつも仕事が忙しくて、なかなか航太と一緒に出掛けたりとかはしませんでしたから…。今思うと、彼には可哀想な思いをさせてしまっていたかも知れません」
「…そんなに忙しかったのか?」
「君ももう知ってるとは思うんですけど…あの頃はメディア露出の仕事が多くて、家に戻ることもあまりありませんでしたからね。…いくら店の為とは言え、もう少し航太の事も見てあげれば良かったかなと…今は反省しています」
「…けどまさかなー。亜咲から何となくは聞いていたけど、本当にそんな事があったとは…。この前いきなりテレビ局のスタッフがサロンに撮影に来るとは思ってなかったから、あれは本当に驚いたぜ」
「…迷惑でしたか?…でしたら申し訳ありません」
「…いや、迷惑とは思わなかったけど…でも何で?…芝崎さん、俺にずっと隠してたでしょ。…その話をしたら俺が気を遣うからとか思ってたの?」
「…いえ、そういう訳でもないんですが…」
そうなのだ。実は此処へ来る少し前に、俺たちのサロンにテレビ局のスタッフがやって来て今から撮影をさせてくれ、と頼み込んできた事がある。
ちょうど芝崎が出かけていて、その時の対応をしたのが俺だった訳だが…話がよく見えなかったのでどういう事かと聞いてみると、実は芝崎はかつて主婦向けの生活情報番組において、カリスマスタイリストとして、様々な企画でその技術を披露していたという。
その時のスタッフの話によると、そんな『かつての有名人のその後の足取りを追う』というコンセプトで放映している某バラエティ番組で、現在の芝崎の足取りを紹介する為の撮影を行いたいという事だった。
俺は芝崎が居ないので何とも言えないと答えたのだが、先方からは芝崎には既にアポイントメントを取ってあるとの回答が来たので、そういう事であれば…と、サロンでの撮影を許可したのだった。…だがその時に、俺自身が撮影スタッフにインタビューを受けるというイレギュラーな対応を受けてしまったので、諮らずしも俺は全国ネットのテレビ番組でその姿を晒すことになってしまった。
その関係で、先日の夜の法事の時には、同席していた親戚一同がああでもないこうでもないと俺の話だけで盛り上がってしまった。…かつて俺たち親子を蔑み続けてきたはずの親戚一同が、今ではそんな俺の話で盛り上がる。…これは、何という皮肉なんだろうか。
「実はね。…あの頃の僕は、本当にただ目の前にある自分に与えられた仕事を淡々とこなすだけでした。…自分が本当にやりたい事などそっちのけで、養っていかなければならない家族の為だけに、ただひたすら相手の期待に応えるだけの仕事をする。…そこには何ひとつ感情なんてありません。…相手はただ、著名な芸能人と同じような髪型にして欲しい、綺麗になって旦那を見返してやりたい…そんなエゴしか感じられないような仕事なんてクソくらえ。…僕はずっとそう思ってました。…彼に会うまでは」
「…それが、殿崎さん?」
「…はい。…彼はそんな僕の心の闇を見抜いていました。だから僕に面と向かって言ったんですよ。『相手を思いやれる気持ちのない奴に、この仕事は向いていない。今すぐ辞めろ』と。僕はその時、初めて理解したんです。…スタイリストは人間同士のコミュニケーションが重要なのだと。…誰かの真似をするのではなく、その人にしかない魅力を最大限に引き出してあげる事こそが、スタイリストたる者の本来あるべき姿なのだと。それが出来て初めて『スタイリスト』は『カリスマスタイリスト』という存在になる。…それが無い自分には、彼らの思いに応えられるはずなどない。……だから僕は辞めたんです」
「でも、それがきっかけで亜咲は今の道を選んだんですよね。…そういう意味でなら、芝崎さんは十分『カリスマスタイリスト』としての役目は果たせているんじゃないですか?…実際に今、亜咲のような後継者がいる訳だから」
「ああ、なるほど。そう考えると、確かにそうかも知れませんね。…僕は間違ってなかった」
「……?」
「…いえ、何でもありません」
その後、芝崎がこの話に触れる事は無かった。
俺は最後の方の言葉に少し違和感を感じていたのだれど、芝崎が何も言わないのなら、俺がそれ以上深く追求する必要はないと思った。
俺の心の奥に絶対に取り戻せない過去があるように、芝崎の心の中にも彼自身がこれまで歩んできた人生がある。それがどのようなものかは分からないけれど、ただ順風満帆な人生を送ってきたとは思えない何かが、彼の見えないところにある。…俺はそう思った。
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