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第1話
「社長?! 俺があの『フンドシ水泳大会』に出るんですかぁ~?!」
俺は山田善 、去年デビューしたての新人俳優で二十三歳。
大学時代、居酒屋でバイトしていたんだが、そこに常連さんとして来ていたうちの事務所の社長にスカウトされた。俳優としてデビューしたものの、通行人や死体、野次馬などのモブ役でテレビにほんの数秒出ただけだ。
もちろん、そんな仕事だけでは食べていけないから、今でも居酒屋でバイトをしている。今のところ、収入元はほとんど居酒屋だ。
そんな俺に大きなチャンスが来たと社長が言うから、意気揚々と来てみれば…。
「あ、あの…社長…、『フンドシ水泳大会』って、年一回夏の深夜にやってる、男性タレントが全員フンドシ姿で出る…アレ…ですよね?」
ごちゃごちゃの書類でパソコンが埋まっているデスクで、社長は顔のシワをより深くして満面の笑みを浮かべる。
「そうだ。若手俳優や地下アイドルの登竜門。あそこで活躍したタレントは必ずメジャーになる、そんなジンクスがある番組だ」
「はあ…でも…フ、フンドシ…ですよね」
社長がデスクに手をついて立ち上がった拍子に、書類が何枚も下に落ちる。事務員が眉をひそめて拾うが、社長は相変わらずニコニコ笑顔で、俺の肩を叩く。
「善のその体格なら、裸をさらせば売れるぞ~。なに、周りはみんなケツ丸出しなんだ。恥ずかしくないだろ? ポロリもあるかも、なんて言ってるけどさあ、ポロリはAV男優の仕事だから」
だからって…。そりゃあ、社長はフンドシ一丁にならないからいいけど…。
「ガタイのいいところと水泳の得意なところ見せちゃって、次の仕事に繋げようよ、ね?」
俺は中学と高校のころ、水泳部だった。背は平均的だが、水泳のおかげで肩幅が広く筋肉質だ。最近の若いモンは肉付きが悪いからと普段から嘆く社長が気に入ってくれたこの体、生かすことができれば俺としても嬉しい。
「ああ、そうそう。アンダーヘアはフンドシからはみ出ないように剃ること。それと、とびひなどの感染症は速やかに報告すること、この二点は守ってね」
台本を受け取り、その日の俳優業は無いため事務所を後にして、バイト先の居酒屋へ向かった。
休憩時間に、台本をめくってみた。
『雄尻だらけのフンドシ水泳大会~ポロリもあるかも?! で~んぶ見せちゃう♪』
収録日は六月だが、放送は七月の下旬。室内プールを丸一日貸し切り、水泳や水球といったガチ競技から、丸太でプールを渡ったり騎馬戦や相撲といったゲームまである。
まずは司会者のトーク、選手の紹介。競技の内容は…。
『紅白水球ガチンコ勝負』
『妨害に負けるな! スイスイ丸太リレー』
『紅白応援合戦』
『プールサイドに咲く花、というより雄しべ フォトジェニックショー』
『競泳三種』
男子100メートル自由型
男子100メートル平泳ぎ
男子400メートルメドレーリレー
『裸ぶつかる! 水上相撲大会』
合間に別撮りで、アイドルたちの歌がオンエアで入るそうだ。
台本によると俺の出番は、100メートル平泳ぎと、400メートルメドレーリレーのアンカー、そして水上相撲大会だ。元水泳部員としては、競泳は腕の見せどころだが。相撲はちょっと自信がないなあ。まあバラエティーなんだし、面白おかしく取って会場を沸かせてやるか。
競技の前に出場選手へのインタビューがある。質問に対する答えや意気込みまでキチンと台詞が当てられている。バラエティーは初めてだけど、こんなものなのか? 多少のアドリブを入れても大丈夫かな?
収録日前日。あれから来た仕事はヤラセのドキュメント番組で、モザイク入りの被害者の役だ。まだデビューして一年とはいえ、まともな俳優の仕事が無くて情けない。
フンドシ姿は恥ずかしいけど、ここは水泳大会に賭けるしかない! 番組で活躍すれば、大きい仕事が必ず入る!
俺はカミソリ片手に、風呂場で仁王立ちした。心機一転、頭を丸めるつもりで、アンダーヘアを剃る。シェービングクリームをアンダーヘア全体につけた。俺は範囲は狭い方だが毛が長くて濃いため、水泳部のころには全部剃っていた。競泳用パンツは小さいから、下手すると毛が丸見えなんだ。二枚刃で剃り跡が爽快なカミソリが、太く波打つ陰毛を剃り落としていく。
たぶん、明日の夜にはチクチクするだろうけど、カメラに映ってしまうほどは伸びないはずだ。
さあ、準備はできた! 一年ちょいの芸能生活の中で一番の大仕事、『雄尻だらけの水泳大会~ポロリもあるかも?! で~んぶ見せちゃう♪~』、頑張るぞ!
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