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第1話

▽ ▽ ▽ 格子戸から見える満月が、とても綺麗だ____。 少しも欠けていない真ん丸の月は、見ようによってはとても奇妙で、まるで血を吸ったかのように真っ赤な絨毯が敷かれている廊下を歩いていた煌鬼は思わず格子戸の外に広がる幻想的な世界に釘付けとなってしまっていた。 今夜に至っては、普段は黄金色に光り輝く満月が青白く見えるのも一層、煌鬼の興味を刺激してならなかった。 そうして満月に見惚れていた煌鬼だったが、はっと我にかえると格子戸から離れて目的地へと歩いていく。 『なあ、あの男の話__聞いたか?』 『あの男……ああ、あの好色家で噂の絶えない歌栖のことか。そういえば、最近は姿を見せないな……いったい、どうしたというんだ?』 『それが___歌栖の奴、何だか最近おかしいって噂されてたんだよ。何でも、満月の夜に不気味な鳴き声が王宮の庭に植えられている桜の木の方から聞こえるとかなんとか言って精神的におかしくなったらしくてな――自室の寝所で臥せってるらしい』 『よもや、俺に様子を見てこい__と言いたい訳じゃあるまいな?断固、拒否する……希閃、だったか――。そんなに気になるのならば、お主が行ってみるとよいのではないか?』 それが、数時間前に公務仲間である赤守子と交わした会話の内容だ。因みに、公務仲間の男の名前は希閃という。しかし、今までは公務上でしか碌に関わっていなかったため名を呼んだのは僅かしかない。 『頼む、おまえにしか頼めないんだ――このとおり!!』 つくづく、俺としたことが周りの者を甘やかし過ぎだ__と煌鬼は自分で自分を諌めた。真に心許した者の願いならばいざ知れず――今まで碌に関わっていなかった単なる公務仲間でしかない希閃の頼みを易々と聞いてしまうなど、普段の煌鬼ならばあり得ないことだった。 (そういえば……満月には魔力なるものが宿るという__歌栖の奴も満月の毒気に当てられたのではないか……) などと思いつつ、煌鬼は今まで一度も訪れたことのない歌栖の寝所の前で足を止める。こん、こん__と遠慮がちに扉をたたく。 「…………」 中からは返事がない_____。 どうしたものか、と煌鬼が悩んでいると__どこからか「ひぃぃぃ……ひぃぃ……」という不気味な音(声かもしれない)が聞こえてきたため再度、扉を叩こうとしていた手を思わず引っ込めてしまった。 歌栖が寝所の中から声すら出さないことも気になったものの、煌鬼にとってはそれよりも何処からか聞こえてくる謎の音(声)の方が興味をそそった。 この音(声)こそ、王宮内で噂されている【夜な夜な王宮の桜の木の方角から聞こえてくるという不気味な音(声)】の正体である、と確信した煌鬼は取り敢えず一旦は歌栖のことは置いておいて噂の真意を確かめるべく、この場から然程離れてはいない【王宮の庭に咲き誇る桜の木】まで向かうために中庭へと急ぐのだった。 ※ ※ ※ 呪われてると噂されてる桜の木の真下に蹲りながら、泣いている人物が一人___。 王宮内は基本的には王族以外は女人禁制のため その人物は男だというのは察せられたものの守子特有の赤や黒の烏帽子を被っていないのが煌鬼には気にかかった。 (ということは__王専属の取り巻きの内である人物か……いや、それにしてはどうも様子がおかしい……目の前にいるのは、いったい何者だというのか) そろ、そろと忍び足で近付いていくが__もう少しでその人物の体に触れられる、という地点で煌鬼はぴたりと足を止めた。 何故なら、その奇妙な音を響かせながら泣いている人物の浅黒い腕に王族が必ず施さなければならないという【花】の刺青が彫られているのに気付いたからだ。 「な、何者かっ……余の側にいるのは__何者じゃ!?」 王族にしか施すのを許されていない【彼岸花】の刺青を腕に彫られた人物が、唐突に煌鬼の方へと振り向く。 あまりにも急に振り向かれたため、煌鬼は思わず手に持っている提灯を桜の花弁が敷き詰められた地面へ落としてしまうのだった。

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