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第2話

じゃりっ____と土を踏みしめてから、所々桜の花びらが散った地面へ落ちてしまった提灯をさっと拾い上げた煌鬼は訝しげな表情を浮かべつつ不気味な鳴き声をあげていた人物の方へ近寄っていく。 「何者か、と聞きたいのは__我の方だ。貴様は、この夜更けに……このような場所で何をしている!?しかも、王族として身分を偽ってまで……このような無礼なことをして何が目的なのだ!?」 「よ、余は……身分を偽って__など……」 「この無礼者め、身分を偽っていないと……己は王族だ、と言いたいのか?その牛蒡のように浅黒き肌と、王族に似つかわしくない襤褸を身につけている分際で……そもそも、王の御子は長男である天子様と次男であられる賢子様しかおらぬではないか。お主が王族である筈が……」 などと、一気に捲し立てつつ不気味な鳴き声をあげていた人物を責め立てていたものの、ふいに口をつぐんでしまったのは大きな黒い目に涙をいっぱいに溜めていた相手から無言で見つめられてしまったからだ。 つき、つき__と鋭く細い針が一気に突き刺さってしまったかのように心が痛む。 相手は、王族にあるまじき襤褸を纏い__見目麗しいと噂される程の天子様や、天才だと噂される程の賢子様とは天と地ほどの差がありそうな人物だというのに____。 「や……はり___お主も……余を理解しようとは……してくれぬのじゃな……余は――ずっとお主を……」 「な……っ____何を……訳のわからないことを……と、とにかく……このままでは埒があかぬ」 再び、鳴き声をあげ始めたその人物に対してどのような対処をすればよいのか戸惑っていた煌鬼の背後から忍び寄る影がひとつ____。 「煌鬼よ……吾を放っておいて……こんな場所で__無子と逢い引きとは何のつもりかえ?」 「け……賢子様!?賢子様こそ__このような場所で何をしておられるのですか?」 影の正体は王の第二王子である【賢子】であり、ひっそりと煌鬼の背後から忍び寄り彼の体へと勢いよく抱き付いてきたのだ。 「堅物の赤守子__世純と逢い引きしとるゆえの……というのは冗談じゃか、吾のめんこき弟である無子を迎えにきた。そうよの、世純よ__」 」 「はい、その通りでございます……賢子様。何よりも、あなた様のお父上の御命令ですゆえ……この者に、無子様の存在を黙っていたのは守子どもの纏め役である我の責任でございます――どうぞ 、お許しくださいませ」 高齢という域にとうに足を踏み入れている【世純】は煌鬼の上司である。曲がったことが許せぬ性格で、尚且つ厳格な世純は周りの守子達から嫌われていることが多いものの煌鬼は決して彼のことが嫌いではなかった。 むろん、厳格極まりないことき変わりはないが――つい先日から、【賢子】専属の世話人として公務し始めたばかりの煌鬼に熱心に指導してくれる尊敬すべき存在であるから疎ましいと思う反面、尊敬しているのだ。 「世純殿__それでは、この者が王族というのは……」 「左様、偽りなどではなく事実だ。ただし、無子様を公に出さないのには理由がある。後に、お主にそれを話そうとしよう……賢子様、無子様を連れて王宮に戻られては如何でしょうか?そろそろ、夜もふけていく一方ですゆえ__」 賢子様は、「つまらない」と顔に本心を出していたものの年配の世純に逆らうのに引け目を抱いたのか特に癇癪を起こすことなく、王族にも関わらず身分を隠さざるを得ない立場だという人物の牛蒡のような手を引っ張りつつ王宮の屋敷の方へと戻って行く。 姿が見えなくなる最後の最後で【無子】なる者と目があったが、相変わらず悲しげに涙を浮かべていたのが煌鬼には酷く気にかかり心を乱されてしまうのだった。

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