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第122話
蜃気楼のように揺らめく炎に照らし出されたのは、まさに異様なものとしか言いようがない。
少なくとも広大な鉱山に存在する洞窟の中央内部に、ぽつんと《それ》が置かれているという状況自体が到底【普通】とは言い難い。
少しばかり遠目にとはいえ異様な程に目を引く正体は巨大な木製の樽であり、恐る恐る近付いてみると更に不気味な存在が目に飛び込んでくる。
木製樽の右上から地面にかけて斜めに突き刺さっている【刀】だ。不安な気持ちを何とか堪えつつ目を凝らして注意深く見てみると、それは大分古いものだと察しがついた。
軽く辺りを見渡してみても、この近くに鞘は存在せず――かろうじて錆びてはいるものの鍔が嵌まっていることが分かった。
「っ……ぐ…ぇ……っ………げぇ………」
人の声なのか、はたまた生き物の声なのか咄嗟には判別できないほどに不気味な低音が樽の中から聞こえてきたと気が付いた途端、全身から血の気が引いて慌てて後ずさりしてしまう。
一瞬にして口の中が乾ききり、うまく声が出せずにいると、頼人に服の裾を引っ張られたことに気が付いて極力恐怖を露わにしないように気をつけつつ目線をそちらへと向ける。
「………れん、ぼ………きゃ___、く……れんぼ___」
頼人は、この樽の中にあるものの正体を正確に認知した上で満面の笑みを浮かべているのだろうか。
何百匹はいるであろう蛙の大群が、もぞもぞと蠢くなかで、くの字形に体を折り曲げて誰かが横たわっている。
恐る恐る、松明の炎を向けてみる。
大きく口を開きながら生気のない目で虚空をひたすら眺め続けているが、微塵も動く気配がない。
慧蠡のような王宮医官でなくとも、中にいる人物が既に息をしていないということは理解できる。
びっしょりと濡れた長い白髪に覆われて顔が所々隠れてしまっている。
そして、ようやく誰が樽の中で事切れているのか気づく。
(そんな…………何故、この人が_____)
かつて、甲ヶ耳頭首だった巽の祖父の手によって親友の命を奪われてしまい、長い年月を悲しみと憎悪に支配されながら生き続けてきたという老婆だ。
(と……っ……とにかく彼女を何とかしなければ_____)
あれやこれやと余計なことを考えるよりも、今は物言わぬ存在となってしまった老婆の亡骸を何とかしなければいけないと考え直した煌鬼は慌てて樽の中へと両腕を伸ばして引き上げようと試みる。
「触るな………っ……後で屋敷の者を来させる。だから、お前は何もしなくていい。悪いが、先に屋敷に戻っていてくれ」
あまりの剣幕に、煌鬼は伸ばしていた両腕を急いで引っ込めて遠慮がちに巽の方へ目線を向ける。
此方の行動を制止しようと声を荒げたものの、それにしては心なしか、普段の巽よりも活気さが失われているように感じてしまったせいだ。
「_い___頼人を…………頼む」
声を聞くだけで明らかに彼が狼狽しているのが分かってしまい、何も言えないまま側にいる頼人の手を引き寄せると、そのまま屋敷へと向かって歩き初める煌鬼なのだった。
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