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第49話

 詩織莉さんは国民的な人気を誇る女優という側面だけでも――まあ、女性客をターゲットにしていないあの店では通用しないかも知れないが――どこでもVIP待遇なのは、店外デートをしたことも有るオレには良く分かった。  それ以上に縁は切ったとはいえ「組長のお嬢様」なのも紛れもない事実なので、その相乗効果で女王様扱いされるのも無理はない。  ただユリの場合は――そりゃ、どこの店だってナンバー1になるための競争は熾烈だろうが――いくら売れているからとはいえ従業員という分類だ。  オレだって一時期売れない時期を経てナンバー1になってからもオーナーなどには逆らえないのも「社会の常識」だと思う。ホストクラブという特殊な店でも普通の会社でも同じようなモノだろうと思う。 「んとね……ユリさんはあんまり――というか全然かも知れないけど――人に興味を持っていないのかな?って思ったことはあるなぁ、そう言えば……。  僕に話しかけて来た時もさ、何か珍しい動物がいるから、取り敢えず近寄っておこうって感じがしたような。今思えば……なんだけど。  僕にはそういう気持ちは持っていないのは分かっているけど、その人がどんな考えをしているかとか、人柄で区別しているんじゃなくてさ――」  ユキがいったん言葉を切って、オレの息子へと指を移動させて、おずおずとした感じで竿を触ってきた。 「ココで人を区別しているような気がする。そしてその『行為』が大好きって感じに見えた。 ――今夜、シンと実際にしてみて、その気持ちは凄く良く分かった。  だって、物凄く気持ち良かったし、何か身体中の汗腺から一気に快楽と汗が出る、みたいな」  ユキの指が熱を煽るように動いているのも艶っぽい健気さが漂っている。 「行為自体が好きなのか……人間ではなくて。  ユキの場合は、オレを好きになってくれたからあんなに可愛くて淫らな反応を返してくれたからオレ的には満足だ。  それに、オレのココだけで満足ではないのだろう?ま、身体の相性は大切だが。それだけではなくてオレは愛情を持っている、ユキのことを……。そうじゃなかったら一緒に住もうなんて言わない。  職場の後輩とこの部屋で呑んだことは何度も有るが、どんなに酔いつぶれていても泊まらしたことすらない」  そう告げるとユキは朝日を浴びた染井吉野のような笑みを浮かべている。その表情も最高にキュートだ。 「僕もシンのこと大好きだよ。  確かにココも僕の身体の中、しかも一番奥まで衝いてくれたのもすごくすごく感じたけど……。  でも、シンの全部が好きだな。特に優しいところとか、何となく守ってくれる頼もしい感じとか」  ユキの薄紅色の頬を指で撫でた。嬉しいことを言ってくれたので。素肌も若いだけあってプルンと弾くようなハリが有ってずっと触っていたくなる。 「それは相思相愛ってことで良いんだな?  ただ、オレは仕事が仕事だから、ユキの知らないトコで女性客にリップサービスもするし『愛している』と言われたら『オレもです』って返さないとならないが」  ユキは咲きたてのピンクの薔薇のような初々しい笑みを浮かべている。 「それはお仕事だから仕方ないよ。  どんなお仕事でも一生懸命頑張るのが普通なんでしょ?そう言えば、シンは何故この職業を選んだの?」  ユリのことを更に聞きたかったが、会話はキャッチボールだ。  だからユキの問いに答えつつも話を本筋に戻すしかない。 「九州はそれほど給料が良いとは言えないし、ましてやオレの大学は胸を張って言えるトコじゃなかったから、稼げないのは分かっていた。  そんな時に、チラシのモデルをしていた大学の友達がホストクラブにスカウトされて、割と稼いでいると言っていたので、九州でも稼げるのなら東京だとケタ違いかなと思って、上京してきた。  最初はカツカツというかどん底の待遇だったけど、まあ、なんとかこんな部屋に住めるくらいには出世したな。  新人時代はトイレ掃除もさせられたし、胃液の独特の酸っぱさすら出なくなるほど吐いたこともあったが、今となってはそれも良い経験だったと思っている。  ユキも、あんなショーの主役を務めたことも、そのうち『あんなコトも有った』と笑えるようになれば良いんだが……」  ユキは少し驚いたようにやや切れ長の目を見開いていた。ちなみに雑誌のモデルなどはその人間の売れっ子具合とか事務所との力関係でギャラも高額になるそうだが、チラシ専用の場合、マックとかセブイレで4時間バイトすれば稼げる金額だ。まあ、そういう細々とした仕事が嫌いでスポットライトが一応当たる仕事の方が良いと思う人間も多いらしい。ただ「洋服のアオヤ○」などのチラシは外見的に「標準より少しだけ上」レベルのルックスしか求められていないと後で聞いた。そしてその友達はお客さんが散らかした吐しゃ物を綺麗にするのが嫌で足を洗って今はカタギの零細企業に勤めていると風のウワサで聞いた。 「どうして?僕はシンと出会えて、そして小野凄く気持ち良くなったショーだったよ。  それにお客さんも――あの店にたくさんお金を落としてくれる上客じゃないとそもそも招待されないんだ――満足させないといけない『お仕事』だったし。  『結果良ければ全て良し』って思っているけど。  あのショーに無理やりに出演させられた時は恐怖しかなかったけれど、栞お姉様がキョウを――あ、お姉さまはシンっていう本名は知らないのかな?――相手役にしてくれて本当に良かったと思ってる。 ――ホストってキラキラした仕事かと思ってたんだけど、そういうこともあるんだね。でもそこから上りつめたリョウってすごいと尊敬してる……」  その言葉は理知的というよりも男らしい潔さに満ちていた。そしてあんな下劣なショーではユキの、外見からは想像出来ない強い精神に傷を付けることは出来ないのだなと感心してしまった。  詩織莉さんはトラウマに苦しんでいたようだったが――ただ、彼女の場合はただの暴力という側面がクローズアップされていたのも確かだ――ユキにはそうではないらしい。  そして、本当に自分がユキの初めてで良かったと思ってしまう。  初物食いが趣味というわけでなく。  ユリのあの目を思い起こすと、ユキの身に危険が迫らないとも限らないので、そろそろ本筋に戻ろうと思った。

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