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第122話

 ユキの痴態とかその恍惚とした表情にともすれば注意力が持って行かれそうになるのを辛うじて理性で止める。  ユキの身体の敏感さに――生まれつきという面も多分有るだろうが、オレが一晩でたっぷりと教え込んだせいもあるだろう――加えて薬物が入っているからだろうが、その華麗な乱れっぷりをつい見入ってしまいがちになるには充分過ぎるほどの魅惑の宮殿のようだった。 『いえ、肌に触れなければ大丈夫ですよ。  患者様の場合は幻覚とか妄想を抱くステージではないですので』   スマホの向こうからテキパキとはしているものの、意外そうな響きも微妙に混じっている声が聞こえて来た。  オレがした質問が想定外だという感じで。そういうことを聞く人間がいなかったのかもしれないなと思いながら一安心した。  新田先生の言葉には、「怖い」意味も含まれていたことにやっと気づいた。  「ステージ」とお医者さんが言っているのはドラマなどで割と観ていた。ガンの場合だとステージ4だと絶望的とかいう話だった。  そしてユキの体内に入っている薬も、そういえば被害妄想などを引き起こす「ステージ」という名の深い依存が有る。  そういう怖い精神状態にユキを陥らせたくはない。まぁ、ユキの場合は一回きりの摂取だからこの41時間を――時間が過ぎるのは意識していると遅く感じるとかいう話だったが、いつの間にか一時間は経っていたらしい――無事(?)乗り切ったら大丈夫だろうが。  しかし、実家と縁を切ると言い切っていたユキだったが、オレがヘマを仕出かして薬の「イイ」点を身体が覚えてしまったりすると、入手しやすい立場に居ることには変わりがない。  単なる大学生が覚せい剤を入手する――以前は合法ドラッグとか報道されてヒンシュクを買ったようなクスリの類は反グレと呼ばれる人間が居るような怪しげな店に行けば手に入るらしいのでごくごく一般の大学生でも勇気があれば店に行けるだろう。そして物欲しそうな感じでイカツくてイキった恰好をしている人間に近づいたら向こうから声を掛けてくれそうだ。  基本的にそういうイキった恰好をしている若者も反社会勢力として世間からは抹消されがちな893の遊撃隊めいた働きをしていると聞いている。  昔は暴走族を経て組に入るのが一般的(?)だったようだが、一旦、そういう組織の構成員になってしまうと銀行口座が作れなかったり生命保険に入れなかったりするらしい。  だから、あえて構成員にならずにお金だけ上納するという関係になったと聞いている。  ユキの場合は、身体が依存を覚えてしまうと、実家関係の知り合いとか関西の大組織のお嬢様でもあったお母さんの関係者に頼めば融通が利きそうな気がする。  オレはアルコールやニコチン依存ではないけれど、アル中の人間が体内にアルコールが無くなってしまった時には何が何でも酒が飲みたくてたまらなくなるし、意志だけで止められるモノでもないらしい。もちろん、アルコールもニコチンもそこいらで売っている「合法的」なモノだ。  お国によって違うとか聞いているが、法律で規制されていない――少なくとも成人済みなら――モノでも危険なのに、一グラム当たり懲役一年とかいう覚せい剤はさらに危険なのは言うまでもない。  そしてユキの場合は一般人よりもその気になれば入手しやすいのも確かなことだし。 「そうですか。有難うございます。  妄想とかは幸いなことに起こっていないです。そのう――素肌が敏感になってはいるのですが」  努めて事務的に報告した積りだったが、内心は波立っていた。  ただ、ユキの痴態を見ているのが辛かったので仕方ないだろうが。 『そうですか……。何とか後41時間は耐えて下さい。  しかし、お一人の力では限界だ!と一瞬でも思われたなら、即座に連絡してください。  そのための病院なのですから』  心配そうな声がスマホから聞こえた。そして新田先生も時間をキチンと覚えてくれていることに何となく安堵と信頼の気持ちが芽生えた。 「リョウっ……イイようっ……!!」  ユキの嬌声がスマホ越しに聞こえないかどうかも気になった。  そういう声はオレだけで独占したかったので。 「分かりました。  とりま――じゃない、取り敢えず脈拍を気にしておけば良いのですね?そして、一人では限界だと判断した時点で先生にお願いすることになるかもしれませんので、その時にはどうか宜しくお願い致します」  普段よりも早口かつ「とりま」という先生が多分知らない言葉を口走ってしまったのは、早く電話を切ってユキの嬌声とか、淫らに粘った水音とか肌を擦る音を聞かせたくない一心からだった。  とりま、いや……とりあえずまあ、だが……声で攻めるのはアリだと知ってそれだけで今は充分だった。 『分かりました。ではお大事になさってください。貴方が倒れると共倒れになりますので、その点だけには注意してくださいね』   親身な感じの声に何だか元気が出て来た。  オレが倒れてしまったら確かにユキは悲惨な目に遭ってしまうだろう。  この部屋から出られないとか、食事も水分も摂れないという状況になるので。 「有難うございます。覚悟は決めた積りですが、やはり……」  新田先生の話を病院で聞いていた時には(何とかなる)と思っていたが、予想と実体験はやはり違ってしまっていて、少し弱気になってしまっていたようだ。 『お察し致します。貴方しか居ない豪華な部屋なのですよね?タワマンと言えば聞こえは良いですが……、特に最高層階は陸の孤島と似ていますから。  では、また何かありましたらお電話下さい。24時間いつでも大丈夫なのでお気軽にどうぞ』  陸の孤島……最高層階……、特に何故高層階だと知っているのだろうか?と疑問に思っていると電話は切れた。  まあ、新田先生だって他の患者さんも居るだろうからそうそう電話ばかりしては居られないのだろう。  通話が切れた瞬間に、パッと閃いた。

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