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エピローグ5

「また拗ねてんの? いいかげん大人になれよ、もう29だろ。それに田山先生を紹介してやったじゃないか」 氷雨が口をとがらせた。田山先生というのは八雲の父とも縁が深い六十代の国会議員で、穏やかな性格の人だ。ちょうど彼の秘書が高齢のため職を辞すか辞さぬかと悩んでいたところに、来月からと悠馬をねじこんでやったのだった。 「……俺はあなたに人生懸けたんですよ」 「自分だけが人生懸けたつもり、か」 予想外の返答に悠馬は息を飲んだ。ちらと横目で氷雨を見るとわざとらしく目をそらされた。ちょうど信号は青になったようで、背後から急かすようにクラクションを鳴らされてしまった。  今日は二人とも公休を取っていた。まっすぐマンションに帰ろうと思っていたが、予定を変更することにした。左にウィンカーを出した悠馬に、氷雨が首をかしげた。 「コンビニでも寄るの」 「スーパーに行きましょう、先生」 「さっきから言いたかったんだけど、二人でいるときくらいその『先生』ってのやめろよ」 「じゃあ、氷雨」  瞬間、氷雨は飲まれそうになった。悠馬は前を向いてハンドルを握ったままだというのに、艶っぽい声の響きに脳の随まで溶かされる錯覚に陥ったからだ。まったくこの男は十人並みの外見のくせに、こういうところばかり狡くなる。 「……スーパー、って。何買うつもり」 動揺を悟られないように氷雨が問いかけた。 「しそ餃子の材料。作るのも食べるのも好きでしょ」 「餃子? 餃子以外にしよう」 無意識に唇に指をあてている自分に、氷雨は首をゆるく振った。そうしてスーパーの駐車場に車を入れた悠馬は、ブレーキを引きながらそんな彼のことなんかお見通しといったふうに微笑んだ。 「にんにくは入れない。作ってる間もいっぱいキスしよ、氷雨」 氷雨は言葉を詰まらせた。自分の頬に触れるといささか熱を帯びていてうんざりした。 「悠馬のそういうところ大っ嫌い」 「お褒めにあずかり光栄です」 「褒めてないから」 学生の頃みたいに子どもじみたやり取りをして、二人は車を降り、スーパーの入口へ吸い込まれていった。  自動ドアから漏れるあたたかな光が、ぼんやりと薄暗い駐車場を照らしていた。 END

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