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エピローグ4

「こうして八雲先生を乗せて運転するのも今月までですかねえ」 「本当、国はこういう対応だけは早いんだから。もっと優先すべき法律あるだろ」 十八歳からずっと氷雨のために運転している悠馬は、いささか冗談めかして言った。氷雨はそれに文句を重ねてみせた。  ワイドショーの放送が終わるやいなや、氷雨と悠馬は来月に法改正があると連絡を受けた。現行の法律では国会議員は配偶者を秘書にすることはできないが、同性のパートナーや恋人はその限りではなかった。  しかし来月の法改正により、「自治体にパートナーの届出を出している者」を秘書にすることもできなくなったのだ。悠馬と氷雨は戸籍上の夫夫(ふうふ)にはなれていないものの、同性パートナーして公的な届出を出していた。 「一緒に仕事できなくなるのは寂しいですけれど、八雲先生が主張してたことが早速叶ってよかったですね」  ぜんぜん良くなさそうな言い草だった。そもそも悠馬は氷雨と仕事でもずっと共にいられると信じて秘書になったのだ。そのために成績も上げて運転スキルも磨き、不慣れな作法もきちんと身につけたのに、いざ秘書になってみれば。  氷雨は選挙のためにあえて自身が同性愛当事者であることを主張した。マイノリティの票を確実に取りにいきたいという、氷雨なりの選挙戦略だった。  容姿が優れていることに自覚のある彼は、そうすれば大きな話題となり、同性愛当事者だけでなく一部の異性愛者の女性や若者から支持を受けられるだろうと思ったのだ。  裏金で失脚した八雲元大臣の息子として、鼻持ちならないイメージを払拭するためにもそれは必要不可欠なことだった。結果それは功を成し、今やマスコミから政界のアイドルなんて呼ばれている。  しかしそれにしたってあんまりじゃないか、と悠馬はむくれていた。わざわざ「同性であっても夫婦とみなされ、秘書には選べなくなる日が来ることを願わんばかりです」なんて、したり顔で言っちゃって。  政権公約の時からずっとこうだ。赤信号で停まったときいつも氷雨と指をからめていた悠馬だったが、このときばかりはハンドルに両手を引っかけていた。

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