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愛してる
───え。
どうして。
……なんで、今、言うの……?
やっと、今井くんの気持ちに気付いたのに。
今井くんの心に、触れられたと思ったのに。
これから先──今井くんと付き合っていくうちに、今より距離が近くなっていくんだろうなって……
そう、思ってたのに……
「………ゃ、」
やだ。
なんで。
今、突き放さないで。
もっと、僕の傍にいて──
「……」
今井くんを見つめたまま、言葉にならない思いを視線でぶつける。
その瞳から、熱い涙が零れ落ち……頬に一筋の跡を残す。
「……泣くなよ」
涙で濡れた頬を、拭ってくれる。
その優しくて、脅える指先で……
「実雨」
僕を抱き締め、切ない声で僕の名を口にする。
その手が、温もりが、胸が………苦しい。
「今まで、大事にしてやれなくてごめん」
「──、」
目をきゅっと瞑り、小さく頭を横に振る。
こんな事なら……
もっと早く、気付けば良かった。
もっと早く向き合って、色んな話をして、もっと深く……踏み込めば良かった。
そしたらきっと……
今井くんを、傷付けたりしなかったのに。
好きになっていたかもしれないのに。
壊れそうなこの関係を、繋ぎ止められたかもしれないのに………
「幸せになってくれ」
「………」
「お願いだ」
肝心の声が、中々出てこない。
何度も頭を横に振るのに。今井くんは、聞き入れてくれなくて──
「愛してる」
両手で頬を包まれ、額と額を合わせる。
そして、最初よりも強く、押し当てられる──唇。
雨が止んだのか。
窓から、眩しい程の日射しが射し込む。
激しい雨の下で起こった出来事は、
僕と今井くんの運命を変え、またいつもの日常へと返す。
眩い程に、煌めく雨雫を残して──
そして。
あんなに暑くて、激しくて
長かった夏が───終わった。
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