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白金の光
地面に当たる、小さな雨粒の音。
草や土の匂い。
……お兄さんからしてくる……胸の奥を擽るような、いい匂い……
遠くに見える、灰色の空。それを覆い隠すように、お兄さんの顔が近付き──
『……実雨』
間近に僕を捉える、綺麗な瞳。
それが、大きく見開いた、僕の角膜スクリーンに映し出される。
徐に伸ばされ、僕の下瞼を掠める、ひんやりとした指先。
その途端、先程までの感情が蘇り、抑えきれずにぽろぽろと涙が溢れる。
「……ママが、ママがぁ……出ていっちゃったぁぁ……、」
感情のまま泣きじゃくり、雨と涙でぐしゃぐしゃの顔をお兄さんに曝す。
「そんじゃ、パパは……?」
「………わかんないよぉ。……ぼくとはお話、ぜんぜん……してくれないから……」
すん、と鼻を啜り、嗚咽混じりに答えながら、両目を瞑ってわぁぁ……と再び大声で泣き出す。
「どうしてだろうな。……実雨はこんなに可愛くて、パパやママの言う事を良く聞く、いい子でいんのにな」
「………ぼく、いい子?」
「ん、いい子だよ。……お兄ちゃんの事、一生懸命追い掛けて来てくれて、大きな声で『大好き』って、……叫んでくれたしな」
「……え……」
きょとんとする僕の頭に、お兄さんの手がそっとのせられる。
「でもさ。……もう少し、素直になれよ」
「……」
「そしたら、実雨を心から愛してくれる奴が、この先現れるから」
「……」
「絶対に……な」
そう言って、濡れた僕のおでこを親指の腹で拭い、前髪を搔き上げるようにしてそっと撫で……お兄さんが微笑む。
あれだけ空一面を覆っていた厚い雲に切れ間ができ、そこから白金の光が射し込む。
天使の階段──それが、そこここに現れ、次第に空は明るくなり、雨が止んでいる事に気付く。
「……ごめんな。兄ちゃん、もうそろそろ行かねぇと、なんだ」
スッと立ち上がり、空を仰いだお兄さんが静かにそう呟く。
空の光を取り込み、白金色に光る髪。
何故かわからない、……けど、強い不安が僕を襲う。
「………やだ。もっと、傍にいて……」
慌てて両手を伸ばし、お兄さんの手を必死で掴む。
……氷のように、酷く冷たい手。
驚いて離そうとすると、その手が僕の手をギュッと握り返す。
「んー。……それじゃあ……俺の事、忘れんなよ。
そしたらまたいつか、会えるから」
「……うん」
逆光で見えない顔──
もう片方の冷たい手で、僕の頬を優しく撫でる。
「………今度はちゃんと、俺を選べよな」
「……?」
「じゃーな。……俺は遠くから、いつも実雨を見守ってるから。
……今日みたいに、こんな雨の日は──」
『………みう』
『……実雨』
「実雨……」
耳元で囁かれる、確かな声。
少しだけひんやりとした春風が、僕の頬を擽りながら通り過ぎていく。
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