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夜が明けて

 原野に衝動的に想いを告げてしまってから数日、仕事のことを聞く時以外は避けるように過ごした。  何度か原野に声をかけられたり、見られていた気がしたが、それも自分の中で作り出した願望という名の幻だろう。もしくは、これもまた単に病気のサインなのかもしれなかった。  担当の医師に相談し、薬の微調整をしてもらうことになると、比較的症状は安定した。一方で、恋心に効く薬がないことを痛感し、時間と共に薄れていくことを願った。  どちらにしろ、研修期間は連休明けまでとなっているので、社内での関わりは最低限になるだろうと思いながら、歓迎会の夜を迎えた。 「和歌田君、和歌田君、ちょっと」  居酒屋の騒々しい喧噪の中で、ふいに原野と特別親しそうな上谷が声を掛けてきた。 「何ですか?」  喧噪に消されないように大声を出しかけると、唇に指を立てて静かにするように示され、手招きされるまま近付くと耳打ちされた。 「最近さ、原野の様子がおかしいんだけどさ。和歌田君、何か知らない?」 「えっ、様子がおかしいって、どんな感じなんです?」 「ほら、あっち見て」  上谷が指し示す先に目を向けると、一人でちびちびと飲んでいるか飲んでないか分からない量の酒を舐めている原野が目に映った。最近避けるようにしていたためか、こうしてまともに視界に入れるのも久しぶりで、自然と心がざわめく。 「っ……」  上谷の言う様子のおかしさを確かめる間もないまま、原野が視線を上げてこちらを見た。一瞬、ぱちりと音がしそうなほど強く視線が重なり、慌てて逸らして俯く。 「やっべ。気付かれた。俺あっち行くから、適当に誤魔化しておいて」 「えっ、ちょっ、上谷さ……」  引き留めようとするのも空しく、上谷はあっという間に違う集団の方に行ってしまい、代わりに耳に飛び込んできた声に心臓が跳ねた。 「和歌田君、今、あいつと何を話してた」 「な、何も話してない、です。あの、私は部長たちの方に行って来ま……」  逃げるように立ち去りかけるも、強く腕を掴まれて叶わなかった。 「は、らのさ……」  動揺しながら振り向くと、酒にでも酔ってしまっているのか、どこか据わった目をした原野が間近にいた。そして、先ほど上谷がしていたように耳に唇を寄せてくると。 「話がある。部長たちはすでに出来上がっているし、そろそろ二人で抜けないか」 「えっ、えっ、ちょっと待ってくださ……」  言うが早いか、原野は流星の腕を引っ張って立たせると、部長たちに軽く挨拶をして引きずるように連れて行ってしまう。 「待ってください、腕、痛いです」  居酒屋から出て駅通りを歩く道すがら、なんとかそれだけを訴えると、力を弱めてはくれたが離してはくれなかった。 「一体、なん……」 「何だと言いたいのは俺の方だよ。いきなり告白してきたかと思えば、忘れてくれと言って、急に避けだして」 「だって、それは……」 「せめて理由を教えてくれないか。あれ以来、俺は君が気になって仕方がないんだ」 「っ……」  まるで告白のようだ、と思いつつも、単純に喜ぶことはできない。唇を強く噛みしめた後、震える声で打ち明けた。 「だって、俺は、障害者ですから」 「知ってるよ。それが何?」 「恋愛が、再発を引き起こすこともあるって聞いて。それに、再発してしまったら、俺、自分で感情のコントロールが利かなくなって、怒ったり泣いたりするし、変なことを言い出すし、そしたら絶対、原野さんも嫌になる。だからっ……」 「障害者が恋愛をしたらいけないって誰が決めたの?世の中に大勢いる障害者もみんな、そうじゃない人と同じように幸せになる権利がある。そんなの偏見だし、そんなことくらいで俺は離れたりしない。ただ、病気に対する知識はまだ全然だから、そこのところの対処法とかは教えてほしい。どう?まだ何か不安?」  心に希望という光が降り積もる音を聞きながら、大きく首を振った。すると、原野は怒ったような顔を緩めて、いつもの柔らかい笑顔で言った。 「俺に、病気ごと君を受け入れさせてくれないかな」 「はい……っ」  元気よく返事をしながら、暗闇に一筋差し込んだ光が、広がりながら包み込んでくるように感じられた。

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