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第1話 性癖
気が付くと目の前は真っ暗だった。棒立ちで真っ暗な空間に立っている。状況を確かめようと動かそうとした両腕は何者かによって強い力で掴まれていて動かない。逃れようと必死にもがくも、微動だにしなかった。
「暴れるんじゃねえ!」
後ろで押さえている人物ではなく正面から声が聞こえた。かと思うと、髪の毛を引っ掴まれ力任せに地面に引き摺り倒される。髪の毛は根本から何本か引きちぎられ、倒された冷たい床に全身を強くぶつけ激痛が走った。
どうしてこんなことになっているんだ? ここは何処だ? こいつらは誰なんだ? 考える間もなく恐らく正面に居た男が前髪を掴んで顔を上向かせる。
「これが何か分かるか?」
嘲笑の混じった低い声。暗闇では見えないけれど男のにやついた顔が目に浮かぶ。男は硬くて熱いものを僕の頬に擦りつけた。
これは――頭に浮かんだものに、一気に背筋が凍った。
「お前はこれをどうするんだ?」
男の問いに咄嗟に顔を逸らした。嫌だ、絶対にこんなの、嫌だ。
「素直じゃない悪い子には痛い目を見せてやらねえとな。……やれ」
パシンッという高音が背後で炸裂したかと思うと、背中の肉が引きちぎれるような激しい痛みが襲った。恐らく鞭か何かだ。
「うっ……あぁ……」
「痛いか? じゃあ大人しく従うんだな」
再び男の生臭い竿が唇に押し付けられる。僕は侵入を拒むように唇をきゅっと閉め、歯を強く噛み締めた。
「……仕方がない。身体で分からせるしかないようだ」
炸裂音が何度も鳴り、その度に骨に響くほどの振動と激痛が襲った。どれくらい経った頃か、攻撃の手が止んだ。僕は涙と鼻水と涎で顔をぐちゃぐちゃに汚しながら、身体をびくびくと震わせながら這いつくばっていた。
「お前、今自分がどうなってるか気付いてるか? 鞭で痛めつけられながら、どうなっていたか」
絶頂に達していた。口からだけでなく、僕は下半身からもだらしなく涎を垂らしていたのだ。全身を包むのは苦痛だけではない。むしろ快感が、上回っていた。
いつの間にか解放されていた両手を動かし、手探りで探す。ひたりと筋肉質な太腿に触れる。
「……欲しいんだろう。言ってみろ、何が欲しいのか」
太腿から斜め上に、そしてごわごわとした毛の中にそれを見つける。いきり勃つ、硬くて太くて熱い、男の茎を。
「これを……僕の下の……だらしない口に挿入れて下さい」
「……いいだろう」
と、そこで誰かが僕の期待に踊るように半分勃ち上がっていたそれに何かを付け始めた。酷く窮屈だ。これじゃあ……。
「これが欲しいなら、その口を大きく開けて見せてごらん」
言われるがままに、僕は羞恥心も感じなくなってしまったのだろう。男の方に尻を向け、両手で固く閉じられた蕾を開いて見せた。
「上手だ。ご褒美にお前の望み通りに食べさせてやろう」
男がそう言った瞬間だった。下半身に硬い杭が打ち込まれ、肉は無理矢理押し拡げられ引き攣り、鋭い痛みが脊髄を貫いていった。
「あっ……あぁ……!」
「気持ちいいか? もっと欲しいか?」
男の杭が何度も何度も腰に打ち付けられ、その度にぴちゃぴちゃと艶めかしい音が聞こえる。解すこともなく処女穴を貫いたために入り口が切れて血が溢れているのだ。
「気持ちいれす……! もっと、もっとっ……! もっと強く突いてご主人様ぁっ!」
理性などはとっくに吹き飛んでいた。今はただ快楽の渦に身体を沈め、男の欲望を貪り食うことだけが全てだった。
「あぁっ……いいっ、気持ちぃ……! イきたいよう、苦しいよぅ……ご主人様あぁっ……!」
下半身の拘束具が邪魔して達することができないのだ。もう何度も欲望を放ちたかったのに、できない。苦しい。助けて。
男の律動が早くなってくる。奥の奥まで入り込み、何度も突き上げられ、内壁が貫かれ破かれてしまいそうなほどだった。
「お前の中にいっぱいの御馳走を出してやるぞ!」
「あぁんっ! ご主人様いっぱい出してぇっ!」
と、びくびくっと打ち込まれていた杭が痙攣し、温かいぬるりとした液体が体の中に吐き出された。
「美味しいか?」
「お……美味しいれす……」
男のそれが引き抜かれると同時に、唐突に仰向けにされたかと思うと両脚を抱えられ、そのまま上半身の方に折り畳まれた。尻も男に見えるような格好だ。まさか、また男が犯してくるのだろうか?
その期待と現実は違っていた。僕自身を締め付けていた拘束具が外されていくのが分かった。
「さあ、良い子には上の口にもご褒美をあげるぞ」
「や、やめ――」
その瞬間僕の顔に向かって生温かい液体が降りかかり、口の中に苦い味が広がった。それと同時に身体が何度も痙攣し僕自身から出た液体は止めどなく僕の顔を汚していった。
「どうだ、味は?」
「……美味しいれす……」
じりりり、と耳を劈くような機械音が耳元で鳴り響いた。瞼も頭も重い。ゆっくりと目を開けると、眩しいほどの光が窓から注ぎ込んでいた。朝だ。
そこで下半身が冷たく気持ちが悪いことに気付いた。ボクサーパンツの中に手を突っ込むとぐっしょりとおねしょでもしたかというほどに濡れていて、ぬるっとしたあれ独特の感触がした。
――あれは夢だったのか。深い溜息を一つ零す。枕元を見ると、『マッチョ男シリーズ SM調教――地獄の末の絶頂天国を味わえ』というゲイDVDが転がっていた。部屋のノートパソコンで鑑賞しながら寝たことを思い出した。これのせいか。
ぐしょぐしょになった下半身をティッシュで拭い、新しいパンツに履き替えそのまま制服に着替える。
汚れた下着を軽く洗面所で洗って洗濯機に入れた。この一連の流れは童貞で処女で高校生の僕には既に日課だった。
居間に行くと母さんが布団を敷いて寝ていて、その脇にあるちゃぶ台の上には、前日の余りの食パン二切れといちごジャムが置いてあった。起こさないように音に気を付けてトースターで焼きジャムを付けて食べた。使った食器を洗って水切りラックに並べる。
洗面台で歯を磨き、髪の毛を軽くセットして、右七個左五個のピアスを付けた。
「……行ってきます」
母さんの寝顔を見て小声で呟いてから、家を出て学校に向かった。
男性が好きだった。僕が物心がつく前に父さんは居なくなっていたので、ファザコンが行き過ぎてゲイになったのかもしれない、とそう思ってる。
初めて好きになったのは、僕が十歳の時だ。母さんが連れてきた最初で最後の彼氏。工事現場で働いているという筋肉質なお兄さんだった。僕がマゾヒズムに目覚めたのはこの時だ。
お兄さんは普段は良い人なのだが、酒好きで酒が入ると暴言を吐き暴力を振るい手が付けられなくなる、いわゆる酒乱だった。
ある日の夜、お兄さんがまた酒を飲んで居間で暴れていた。こっそり襖を少し開けて覗いていたら、突然何か喚き散らしながら母さんを殴りつけ始めたのだ。僕は咄嗟に飛び出して蹲る母さんを庇うように覆い被さった。しかしそのことが男の逆鱗に触れたようで、今度はターゲットを僕に変えて髪を掴んで母さんから引き剥がすと、殴る蹴るの暴行を加えた。その時死ぬかもしれないという思いと共に、初めて顔を殴られて鼻血が出た時、何とも言えない感覚が身体の奥底で燻っているのが分かった。
痛みに耐えられず蹲っている僕の腹を蹴り続けるお兄さん。意識が遠退いてきたところで、母さんがお兄さんに体当たりを食らわせた。そして僕を半分引き摺るように抱えて裸足で家を飛び出し、近所の派出所に助けを求め事なきを得た。
結局、この事件で二人は別れたので、それっきり暴力を振るわれることは無かった。とういうか、お兄さんは刑務所行きになったのだが。「お兄さんはもう来ないの?」と母さんに聞いたら、「怖いことはもうないのよ。大丈夫よ」と言われ、酷くがっかりした記憶がある。僕は潜在的に「また殴られたい」と思っていたのだ。
暴力を振るわれたかった。痛めつけられたかった。これでもかというほど凌辱されたかった。その想いは年月を重ねるほど肥大化し、思春期に突入して如何ともし難いものになっていった。
しかし、普通に生活していたらそうそう殴られるわけもない。実際中学時代は健全なクラスメイトに恵まれたお陰でいじめもなかったのだ。
他人に殴られるためには、殴られる理由が必要だった。喧嘩を自分から売るのは頭が悪いし、いざという時には正当防衛を盾に自分を守れる方がいい。
そこで僕は街を歩きながら殴り合いの喧嘩している人達の風貌に着目した。見た目が奇抜だったり目つきが悪いとか、歩き方が偉そうだったりすると、それが同じような相手の燗に障るようで、よく喧嘩を売ったり売られたりしていることがわかった。
だから、僕は見た目から入ることにした。髪の色は真っ白に脱色し――最初はグレーっぽくなったが、繰り返しているとついには白になった――、耳には穴が空けられるだけのピアスを付け、手には髑髏や蛇のシルバーリング、学生服のズボンにはじゃらじゃらと鎖を下げた。そして、街を歩く時は大股開きに、歩く人を睨み付けながら歩いた。
身長は普通、体型は若干痩せ気味、黒髪でどう見ても普通だった僕は、高校進学をきっかけに変わった。いわゆる高校デビューを果たしたのだ。まるっきり別人のように変わってしまった息子を見るたびに母さんは卒倒しかけたが、入学式の頃にはすっかり諦めがついたようで、好きなようにしなさいと溜め息混じりに言ってくれた。
入学して早々は、とても楽しかった。入学式が終わった後、すぐに上級生に呼び出しを食らい、「調子に乗ってるな」ってことでボッコボコに殴られた。そりゃもう五、六人寄ってたかってのリンチで酷いものだった。目が陥没したため二週間くらい病院通いをする羽目になったっていうおまけつき。素晴らしい高校デビューだった。その時初めて殴られながらイった。幸い気付かれなかったけど。
復帰してもしばらくは呼び出しや登下校中に喧嘩を売られる日々で、母さんにも先生にもこっぴどく怒られたり暴力が原因で不登校にならないか心配されたりしたけれど、僕はこんな素晴らしい高校ライフを辞める気なんか毛頭なかったから、腕が折れた次の日も、朝殴られたっきり鼻血が止まらなくても、全身打撲でどんなに痛くっても学校に行った。
なぜなら、僕は他人が想像する以上のマゾヒストだったから。誰も僕が殴られながら快感を感じているなんて思ってもいないだろう。
しかし、少しずつ、僕を殴ってもその後手応えがないことから、奇抜な格好は自分の力を誇示するためではなく、完全なハッタリだということがばれて、一年後には誰も喧嘩を吹っかけてこなくなってしまった。
不味い。これは大変不味い事態だ。二年の春を迎え、新入生から軽く殴られることはあったが、それもすぐに終息してしまった。
僕は焦っていた。折角のバイオレンスなスクールデイズがたった一年で終わってしまうのだ。何としてでも殴られたい。そう思っていた僕ところに、上級生が去年の春、隣町の男に三人がかりで喧嘩を仕掛けたが全く歯が立たなかった、と噂するクラスメイトの会話が耳に入ってきた。そして僕はすぐにその日の学校帰りに隣町でうろうろすることを決めた。
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