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第19話 人生は素晴らしい

「そりゃあ俺は男だからぜったい女の人にはかなわないし、一回寝たくらいで恋人ヅラするほど厚かましくもないつもりです。でも……好きな人の誤解くらいは解いておきたい!」 「え、誤解? っていうか……え、すきなひとって……」 「俺にはセフレなんていません! それどころか、セックスをしたのはあの夜が初めてです!」  光の言葉に、大谷はポカンと口を開けた。  が、すぐに手を左右に激しく動かしながら否定する。 「は? いやいやちょっと待ってください、いくらなんでもそれはないでしょう! 慣れてるって、何回もしたって言ってたじゃないですか。俺は覚えてますよ!」 「俺だって覚えてます! 確かにそう言いましたけど、なんでそれでセフレがいるってことになるんですか!?」 「いや、なるでしょう普通……。だって、どうやって慣れるんです?」 「ど、どうって……自分で」  光は言っておいて急に恥ずかしくなり、俯いてぼそぼそと小声で言った。 「ディルド使って、何回もアナニ―してたから……」 「は?」 「恥ずかしいから何度も言わせないでください! だからディ――」  光が大声で言おうとしたのを察したのか、大谷は素早く自分の手で光の口を塞いだ。  そして急に光の間合いに入り、身体を屈めて耳元に口を寄せ、囁くように訊いた。 「ねえ光さん……好きな人っていうのは、もしかして俺のことですか?」 「っほかに、誰がいるんですか?」  真っ赤な顔で、目に涙を溜めながら訴える光が可愛すぎて、大谷はもう我慢の限界とばかりに渾身の力で光を抱き締めた。 「光さん!! あなたって人は本当に、可愛さだけで俺を殺す気ですか!?」 「!? ぐっ、ぐるじい……!」  光がカエルの潰れたような声を出したので、大谷はすぐに光を解放した。 「すみません! つい、嬉しくて」  「ゲホッ……え? 嬉しい?」 「そりゃあ嬉しいですよ。俺もあなたのことが好きです、光さん!」 「……!」 (え……大谷さんも、俺のことを? なんで、いつから……!?) 「合コンなんて断るんで、今から家にお邪魔してもいいですか? 俺とディルドのどちらが気持ちいいか、ちゃんと身体に教え込ませないといけませんし」 「ええ!?」 「光さん、病院ではお静かに」 「は、はい」  四年目の看護師が一年目の看護師に基本的なことを注意された。 「部屋に帰ったらまた、大声で喘がせてあげますからね……」 *  大谷の宣言どおり、光は意識を失わない程度に抱き潰された。  大谷だって一睡もしていないはずなのに、その体力というか精力はいったいどこから湧いてくるのだろう。 「……大谷さんは、いつから俺のこと好きになってくれたんですか?」  ベッドの中で大谷に腕枕されながら、光は疑問だったことを尋ねた。 「好きになったのは、光さんによしよししてもらった時ですよ」 「え、そんな前から!?」 「はい」  それならセックスしたあとにでも、言ってくれればよかったのに。  光が口を尖らせながらそう言うと、大谷は困った顔をした。 「最初は俺もそのつもりでしたけど……てっきり光さんには何人かセフレがいると思い込んだもので。告白するのも、真実を聞くのも怖かったんです」 「それは俺も悪かったですけど……じゃあ、いきなり下の名前で呼び始めたのはどうしてですか?」 「俺のことを意識してほしかったからです」 「……」 「少しは意識してくれましたか?」  光は慣れたつもりでいたが、それはただの強がりで、本当は下の名前を呼ばれるたびにドキドキしていた。  大谷は光の表情で効果のほどを察したらしく、してやったりという風に笑った。 「……なんか、大谷さんはズルいです」 「そりゃ、俺は光さんより大人ですからね。ズルくて当然ですよ」 「俺だって、いちおう大人ですけど……」  もう二十四になるのに、趣味はアレで仕事ばかりしてきた光は結構な世間知らずだ。  自覚はあるし、それが少しコンプレックスでもある。 「……じゃあ、プライベートでは俺が光さんのプリセプターになりますね」 「!」 「光さんの知らない色々なこと、教えてあげます」  大谷は光にこれからいったいどんなことを教えてくれるのだろう。  少しこわいが、楽しみでもある。 「……よろしくお願いします、大谷センパイ」 「こちらこそ」  まだ少し信じられないが、恋も仕事も一気にうまくいくような日が自分に訪れるなんて、光は思ってもいなかった。  人生、まじめに生きていればいいこともあるものだ。 「ん、どうしました? 光さん」  光が幸せそうな顔をしているので、大谷が理由を尋ねてみたが、光はクリーム色の天井を見つめたまま、なんでもないと笑った。 【完】

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