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7.epilogue(完)
――ああ、もう、本当に可愛い人。
俺は改めて実感した。名木先生の言った、〝過半数〟の意味を。
そうだ、俺はもう瀬名に負けていないんだ。いつかではなく、いまこの瞬間も、先生の中では俺の方が瀬名よりも上ってことなんだ。
「……先生」
込み上げる愛しさは、最早言葉にできない。感極まって、危うく泣いてしまいそうになる。
「名木先生」
呼びかけながら、手を伸ばす。先生の髪に触れ、頬に触れた。
促すような指の動きに応じて先生がゆっくり顔を上げる。少しずつ間合いを詰めて、鼻先が触れる距離まで顔を寄せた。
「……」
かち合った視線をそのままに、逃げない先生の唇に自分のそれを重ね合わせる。間近で先生の双眸がたゆたうように揺れて、だがそれも間も無く伏せられた。
「――…」
触れた先から、温かな体温が伝わってくる。その温もりに浸るよう、俺も追って目を閉じた。
ほんの数秒、触れ合わせるだけのキスだった。
――仄かに煙草の香りがする。
瞬間、頭を過ぎったのは未だに手放せないでいる煙草のことだった。
さすがに学校にはもう持って行っていないけど、今でも自宅の勉強机の中には入れたままになっている一本の煙草。
今更あれに拘る理由もないのにと思いながら、かと言って簡単に用済みだとも思えなくて、結局ずっと片付けられないでいる過日の大切なもの 。
思い出……とでも言ったらいいのか、実際あの煙草には様々な思い入れ――瀬名や加治も関わったりして――があり、だからこそ余計に手放しがたいのかもしれないけど。
「……ん」
どちらからとも無く唇を離すと、互いに静かに姿勢を正した。
「――じゃあ、おやすみなさい先生」
俺は笑みを深めて、車のドアを開けた。
先生は俺を目で追いながら、無言のまま頷いた。
その眼差しが、微かに緩む。ややして唇が小さく動いた。
「またな」
優しい声が耳に届く。
不安はもうなくなっていた。
「はい、また」
先生の笑顔を前に、そう告げることのできる距離――。そんな奇跡みたいな距離に、いつの間にか俺は辿り着いていた。
……end
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