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Trick or treat!(完)

 いや、だからって、実習先(学校)を変えるのだけは絶対嫌だ。  本来ならうちの大学からはなかなか行けない学校を、実習先として認めてもらうのに俺がどれだけ苦労したか。  母校だと言う教授を捜して、口説き落として、ようやくどうにかねじ込んでもらった約束それを、そんな単に“先生が嫌だから(おそらくは恥ずかしい?)”という理由だけで反故にしてたまるか! 「あ、ねぇ、先生? それはそうと、今日って何の日か知ってる?」 「それはそうとって……まだ話は終わって――」  俺は自分でも笑えるくらい強引に話を変えた。  ゆっくりと腰を上げ、俺の動きを目で追う先生の手から、簡単に畳まれたコートを抜き取る。  まっすぐに視線を絡めたまま、ベッドに浅く座っていた先生の隣に、じりじりと距離を詰めながら場所を移す。  コートを床へと落とし、先生の顎に指先で触れる。  先生は言葉を途切れさせ、ぴくりと微かに身体を震わせた。  俺はそのまま顔を近づける。  唇に吐息がかかる。いまにもそれが触れ合いそうになっても、視線はまだ(ほど)かない。  堪えかねたように、先生の目線が少し下がった。  俺は勝手に勝利したような心地になり、至近距離のままにっこりと笑った。 「Trick or treat! ごちそうくれなきゃいたずらしますよ?」  それから、不意打ちのようにキスをする。  先生は一瞬目を瞠った。だけど、それだけだった。  俺は先生が逃げないのをいいことに、食むように唇の感触を味わって、薄く開いた隙間から舌先を滑り込ませた。  交わしたのはコーヒー味のキス。  先生はまだ飲んでいなかったから、俺だけの味だけど、意図してそれを先生に移す。しつこくたくさん送り込んで、あふれるほどに流し込む。 「……っ」  どさりとベッドの上に押し倒す。  自然と離れた唇を、細い銀の糸が繋ぎ――ふつりと消える。   「……どっちもお前にしか利がないじゃないか」  濡れた唇、上気した頬、潤んだ瞳が俺に向く。  俺は「ふふ」と笑って再びキスを落とす。 「先生と学校、懐かしい……。屋上、思い出しますね」 「……知らん」 「忘れたって言わないところが先生の可愛いとこだよね」  逃げるように目を逸らした先生の頭をそっと撫でる。髪に額に目に頬に、降らせるのはとろけるような甘いキスの雨。 「いちいち言わなくていい」  そう言いつつも、否定しない先生が好き。  受け入れてくれる瑞希さんが好き。  マジで好き。やばいくらい大好き。  そうして俺は、結局しっかりごちそうをもらいつつも――たっぷりといたずらもさせてもらったのでした。  ごちそうさま!  Happy Halloween!

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