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Trick or treat!(2)

「何でうちに来るんだ!」  ぱしゃり、と先生のマグから雫が飛んだ。  それは俺の肩にかかり――けれども、先生はもうそれどころじゃないらしい。  先生はマグを持つ手に力を込めたまま、とにかく何か言いたげに唇を戦慄かせていた。 「先生のそんな声、久々に聞いた」 「うるさい、そんなことはどうでもいい、どういうことだと聞いている!」 「どういうことって……」  俺は白々しく言いながら、先生の手からマグを抜き取り、テーブルに戻した。 「俺が取ろうとしてるの、高校の教員免許ですよ」 「それは知っている」 「教科、数学」 「それも知っているが……」  動揺しすぎの先生に、自然と緩んでしまう表情が止められない。  俺は更にコーヒーを一口飲んでから、自分のマグもテーブルに戻した。  そして先生をちらりと見上げて、小さく肩を竦めて笑う。 「ね?」 「ね、じゃ、ない!」  先生はひときわ高い声を上げ、目眩でもするかのように額を押さえた。 「せっかく高校に教育実習いくのに、先生のとこに行かないでどこに行くって言うの」 「っ……そんなの、どこへでも行け!」 「うっわ、ひっでー!」  けらけらと笑えば、先生はいよいよ信じがたいとばかりに首を振る。 「ひどいのはどっちだ……。全く、冗談だろう……」 「それがね。冗談じゃないんですよ」 「――俺は嫌だ。許可しない」 「嫌だって、そんな子供みたいなこと言わないで下さいよ。だって他になかったんですよ、実習先。どこも一杯で」  畳みかけると、先生は不意にぴたりと動きを止めた。  ややして、一旦俯けていた視線が俺に戻る。その双眸が冷ややかに細められた。 「俺が今から別の実習先をあたってやる」 「え……?」 「いいな。見つかったらそこに変えろよ」 「――ええっ! 嫌!!」 「嫌って子供か」 「子供なのは瑞希さんでしょ!?」  俺は慌てた。  先生はもう、きわめて普段通りの先生に戻っていた。  ああ、さっきスイッチが切り替わったんだ……!

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