134 / 137
Trick or treat!(1)
※仲矢(攻)視点です。
---
「決まったのか、学校」
名木先生――じゃなくて、瑞希 さんの声が珍しく高くなる。心なしか表情もぱっと明るくなった気がした。
(なにこの人……可愛すぎる)
俺は返事も忘れて見とれてしまう。
普段はそんな表情、ほとんど見せてくれないくせに。
こんな時――自分ではなく、俺のことで何か良いことがあった時――ばっかりそんな顔するとかマジ反則だから。
「遼介 ?」
「あ、えっと。そうなんですよ、なんとか頼み込んでもらって、やっと」
先生の声に我に返り、取り繕うように答えると、瑞希さんは「そうか……」と、いっそうほっとしたように息を吐いた。
ここのところ、ずっと残業続きの先生が、帰り道から外れたところにある俺の部屋に寄ってくれたのは、本当に久々のことだった。
前回ゆっくり会えたのは、二週間くらい前だっただろうか。住んでいるところ自体はそこまで離れていないけれど、夜は俺もバイトが入ってたりするし、先生もだいたい仕事を持ち帰っているから、なるべく無理に時間を作ることはしないようにしていた。
だけど今日だけはどうしても会いたかった。だって今日は10月31日。世間はなんだかんだで浮かれている日。
しょっちゅう会えていたならそこまで思わなかったかもしれないけれど、次の約束もまともにできていない今なら、それを口実に会えるかな、とか思っちゃって。……っていうか、たまには俺も、そういうイベントに恋人同士として乗っかってもみるのも悪くないなって思ったら、それこそだんだん我慢ができなくなった。
結果、「コーヒー一杯だけでも」「顔見るだけでも」とどうにか拝み倒して、ようやくこぎ着けたのがこの逢瀬――。
あまり遅くはなれないが、としっかり予防線は張られてしまったけれど、それでも顔を合わせてみれば先生もそれなりに嬉しそうで(相変わらず分かりにくいけど)やっぱり誘ってみて良かったと思った。
「学校名、聞かないの?」
先生は、俺の部屋――よくあるワンルーム――のベッドに座っていた。
部屋が狭いのでソファなんてものはなく(ただしベッドはセミダブル)、俺はその前に置いてある小さなローテーブルに、持っていたホットコーヒーのマグを二つ置く。
脱いだ薄手のコートを腕に掛けたまま、先生が俺に視線を向ける。
「……どこになったんだ?」
俺は先生の足下に座り、少しだけ見上げるようにしながらマグを一つ差しだした。
それを先生が受け取ると、自分も残りのマグを手に取り、こくんと一口嚥下する。
それからぽつりと独りごちるように言った。
「それは秘密」
先生が「は……?」と声ともつかない呼気を漏らした。
「秘密って何だ」
「何でしょうね」
まともに答えないまま、くすくすと小さく肩を揺らす。
すると危うくコーヒーが跳ねそうになって、何だか余計に可笑しくなった。
「――お前、まさか」
察した先生の表情が、みるみる青ざめる。
「よろしくお願いします、先輩」
俺は追い打ちを掛けるように笑顔を向けた。
ともだちにシェアしよう!