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番外編.音を立てないドアの開け方(完)

「……遼介」  呟くように応えると、ひときわ強く抱き締められた。噛み締めるみたいに「瑞希さん」と繰り返されて、込み上げる涙が堪えきれなくなる。  俺は俯き、それを隠す。  ごまかすための言葉を探す。 「……とりあえず何か着たい」 「そんなの後でいいじゃん」 「お前は着てるくせに」 「じゃあ脱ぎましょうか?」 「……」 「冗談です」  俺が沈黙すると、仲矢がすぐに撤回する。  相変わらずすぎて呆れてしまう。それなのに勝手に口許が緩む。  そうやってお前は当たり前みたいに俺の中に入り込んでくる。おかげで俺は虚勢も間に合わず、失態ばかり見せている気がする。  最初はそれが不本意で仕方なかったのに、今では悪くないとさえ感じている自分が信じられない。  信じられないが、正直なところ、こうなってからの仲矢とのやり取りは(面倒も多いが)心地いい。 「そう言えば、瀬名の嫁の話。先生、何か言いかけてやめてたよね?」  と、仲矢がふいに身体を離し、俺の顔を覗き込んでくる。  俺は思わず目を逸らす。 「……忘れた」 「忘れた?」  無言で肯定を示すと、仲矢は俺の肩を掴み、 「忘れてない! その顔は忘れてないよね!?」  予想よりもはるかに必死な様相でがくがくと揺さぶった。 「……何でお前がそう言い切れるんだ」  冷静に言ったつもりが、遅れて込み上げたおかしさに呼気が震えてしまう。 「言い切れるって、バレバレだから!」  顔を背けると即座に回り込まれて、結局堪えきれず破顔してしまった。 「ねぇ、せん……」 「その話は風呂の後でもできるだろ」  俺は押し止めるようにそう告げて、その煩い口をキスで塞いだ。  それだけでうっかり流されかける仲矢が可愛い。  そんな自分に抗おうとして抗いきれていない遼介が愛しい。  まさか自分がこんな気持ちになるとは思わなかったが、そう想う気持ちに嘘はなかった。        もういい、俺のドアの鍵はお前に譲る。  ただ――好きに開けるのはいいが、壊すなよ。         end

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