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番外編.音を立てないドアの開け方(13)
「だって絶対無理だと思ってたから。先生があの瀬名に言う気になるとか、それこそ冗談みたい」
髪に頬を擦り寄せながら、からかうみたいに囁く仲矢に、俺は微かに苦笑する。
……別にたったいま決心した、と言うわけでもないんだがな。
声には出さず、心の中で思う。
ああ……と言うことは、やはり俺は言葉が足りていないということか?
そういう時こそ解ってくれたりしないのか。
――こんなことでは、また怒られてしまうかもしれないな。『馬鹿で、不器用で、肝心なことは何も言ってくれない』と、いつかのように。
半ば無意識に仲矢の背中を撫でると、応えるように腕が解かれた。
「先生」
仲矢は改めて俺の目をまっすぐに見た。
相変わらず射るような眼差しが眩しいくらいだった。
「――…」
どちらからともなく視線が下がり、引き寄せられるように唇が近づく。重なる瞬間に瞑目し、触れ合った温もりを感受した。
束の間の体温の共有を経て、名残惜しいように唇を離す。今度はこつんと額がぶつかる。
そのまま再び視線を絡めると、思い立ったように仲矢が言った。
「ねぇ、俺も呼んでみていい?」
「何を」
「先生のこと。……瑞希さんって」
その声に、言葉に、不覚にも胸がきゅんとなった。
遅れて目端が熱を持ち、顔が火照ってくるのを自覚する。
「調子に乗るな」
「あ、ダメって言わない」
「うるさい」
自分で思う以上に動揺していた。
俺は逃げるように仲矢を押し退け、立ち上がろうとした。しかし気持ちとは裏腹に身体が続かない。
払い除けたはずの上掛けに引っ掛かり、ふらついて、かくんと崩れ落ちそうになった俺を、仲矢が待っていたように受け止める。
仲矢の肩に引っ掛かっていたタオルが床に落ちた。
「瑞希さん」
支えながら抱き締めて、直接耳に注ぎ込まれる。
呼ばれ慣れた名前と、聞き慣れた声なのに、それが合わさるだけで、どうしてこんなに胸に響くのだろう。
「遼介って言ってよ、瑞希さん」
紡がれるたび、心が震える。
視界が少しずつ滲んでいくのに気づいて、俺はそっと目を閉じた。
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