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番外編.音を立てないドアの開け方(12)

 仲矢は「え」と呟いて、頭にタオルをひっかけたまま、ベッドの脇に跪いた。 「冗談、って……先生がそんな言い方――…」 「お前がよくする言い方だろう」  見上げるような眼差しに視線をぶつけると、仲矢が僅かに目を瞠る。 「いや、まぁ、俺はふざけるの好きだし。ていうか……そういうの、覚えてくれてるんですね」  そして言葉通りふざけるように肩を竦め、そのわりにまた心底嬉しそうな笑みを浮かべた。  俺は一つ息を吐き、近まった仲矢の頭にそっと触れた。 「いつもはそうだとしても、あれは本当に冗談だったのか?」 「……あれって?」 「ファミレスでお前が言った冗談のことだ」  撫でるように手を動かすと、するりとタオルが肩に落ちる。  仲矢は目を瞬かせ、俺の顔を見詰めていた。その視線が時折泳ぐ。すぐには思い当たらないのか、必死に記憶を辿っているようにも見えた。  自分で言い出したくせに、本当に覚えていないのだろうか。  そんな仲矢を見ていたら、ふっと心が軽くなる。しかし、だからこそやはり言わなければと思った。  俺は仲矢から退いた手を、静かに眺めて言った。 「俺も広明さんにはちゃんと報告したいと思っている」  そっと拳を握り、 「今すぐに、というのは待って欲しいが……」  なかなか潔くはなれないが、それでもその気持ちは嘘じゃないと伝えたかった。 「その、お前のあれが、本当は冗談じゃなかった、というのが前提の話だがな」  視界の端で、仲矢は時が止まったように動かなくなっていた。何も言わず、ただ瞬きも忘れたように俺を凝視して――それから、ふっと顔を歪めた。 「……夢みたい」  音になるかならないかの声で呟きながら、仲矢が俺の首に抱き付いてくる。俺の身体を気遣ったのか、いつになく優しい力加減で、そのくせそう簡単には離さないと言った頑なさを持って――。 「うん、ほんとは冗談じゃない。どうしてもってわけじゃないけど、いつかそうできならいいなとは思ってた」  耳元で溢される声は独り言のようだった。  それから仲矢は少し笑い、 「だからいつまでだって待つし……けど、何ならもう報告しなくったっていい」 「何だそれは」 「言ったじゃん、俺は先生さえいればそれでいいって。先生がそう思ってくれたのが解っただけで、いまはもう十分」  どこか涙混じりに言って、それをはぐらかすようにも俺をぎゅっと抱き締めた。

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