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第1話 ハチミツの日①

 「ふんふんふ~ん、ぱらぱらぱっぱっぱ、たららんら~ん、ハニハ二ハニー!はちみつはどこいったぁ」  太陽がさんさんと降り注ぐ土曜日の午後、タァリはパティスリーの倉庫でご機嫌に鼻歌を歌っていた。  閉店して5分しか経っていない。  特に今日は1回しかケーキを落とさなかったので、いつもよりいい仕事をしたと自分で自分を褒めていたところに、イリヤがやってきて「テンパリングをしてて手が離せないから2リットルのコンテナに入ったハチミツを持ってきてくれ」と言ってきたのだ。  イリヤが何を作っているか分からないし聞いてもよく分からないから、タァリは言われた通りにいつもハチミツが置いてある棚へと向かった。  「んー…白いコンテナで黄色い蓋なんだよなぁ…えーっと、チョコチップの袋の隣だったかな…」  この店で働き出して数か月経った。イリヤに言われてこの棚からあれだったりこれだったりを取りに行くことが何度もあったので大体のものの位置は頭の中に入っていた。  「おっ!あれかな!んー!届かないっ!」  見つけたハチミツのコンテナは背の低いタァリより頭1つくらい高い棚に置いてあった。背伸びをして手をぐーっと伸ばせば届きそうな位置だ。  もちろん、イリヤから何度も何度も言われているように、部屋の隅に置かれている梯子を使えば、安全に問題なく届くのだが…  「もーちょっと!んー!!!」  タァリの中指が白いコンテナの端に触れた。あともう少し。グイグイと指でこちらに手繰り寄せて棚から落ちてくるところをキャッチすればハチミツは問題なくタァリの手の中に収まるはずだ。  「んっ!んっ!もうちょっとぉ!」   ガタっと音を立ててコンテナが傾き棚から落ちてくる。ここまでは計画通りだ。あとはタァリが上手くキャッチすればいいだけ…  「うわっっっ!えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」    手のひらで受け取る予定だったコンテナがゴンっとタァリの額に当たり、ゴロンと床に転がる。その途端タァリの頬にタラ―っと何かが垂れてきた。  「んん、あまぁい!わぁ、もっと垂れてくる」  ペロペロと唇を舐めていくとどんどんとハチミツが垂れていく。  素材にこだわるイリヤのおかげでこのハチミツはどこのハチミツより濃厚でタァリのお気に入りだ。  このハチミツ特有のざらざらした食感が舌の表面をくすぐる。モグモグと顎を動かし舌で味わうと喉の奥にチクチクと絶妙な甘味と酸味と刺激が広がった。  「タァリ?大丈夫か?」  隣接するキッチンから騒音を聞きつけ駆けつけたイリヤは目の前に広がる光景に、一瞬思考が止まり「嘘だろ」と呟いた。    タァリはパンケーキのようにいつもフワフワで、キャラメルのように甘そうな子だ。そのタァリが今、イリヤの目の前でハチミツを頭から被って床に座っている。    「いったい何があったんだ、タァリ」  「ハチミツを取ろうとしたの!」  「なるほど…じゃなくて、なんでお前はハチミツをかぶってんだ?」  「上から落ちてきちゃって!」  何か月も起きてから寝るまでタァリと生活してきたイリヤは、これ以上彼に問いただしても欲しい答えが出てこないことはよくわかっていた。  タァリには常識だったり「当たり前のこと」だったりが通用しないのだ。タァリにはタァリのルールがあり、タァリにはタァリの流れというものがあった。    未だにペロペロとハチミツを舐めているタァリをよく見ると頭から腹にかけてハチミツが垂れていた。仕事用の白いTシャツにハチミツがしみこみ出している。  タァリの白い肌に淡黄色のハチミツが美味しそうに映える。透けだした白いTシャツを凝視していたイリヤの目がタァリの胸にたどり着いた。    薄桃色の飾りがハチミツに濡れ美味しそうにイリヤを誘っている。  ゴクリと唾を飲むと、イリヤは眉間にしわを寄せた。    「タァリ、一度上に戻ってシャワー浴びてこい」  「え、でもハチミツは?イリヤさん、お菓子作りに必要でしょ?」  「って言っても、お前が落としちゃっただろ」  「う…だってぇ!」  「っ、いい、大丈夫だ、もう1個あったはずだから。それよりさっさとシャワー浴びて、ここを片付けろ」  「でも、シャワー浴びちゃったら勿体ないよ?」  「はぁ?」  「だって全部流れちゃう」  「お前の体に垂れてんだ、料理に使えるはずがないだろ」  「そーだけど!僕たちが食べればいいんだ!イリヤさんも手伝って!」  「はぁぁぁ?!」  「そうだっ!イリヤさんも一緒にシャワー浴びよ!」  「はぁ…」  この瞬間、イリヤは新作のチョコレートハニーガナッシュの試作を作ることを諦めた。急がなくてもいい、また明日やればいいんだ。  今はこの、美味しそうな少年を頂かなければ。今ちょうど「食べて」と誘っているのだから。  「イリヤさんっ!シャツが張り付いて脱げないの!お願いっ脱がして」  二人の長い午後は始まったばかり。   

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