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第31話その後9
帰りの荷馬車で、ルークが自らの武勇伝を語る。ルークが体当たりした後、リツが大泣きして、宥めるのが大変だったのだ。
見た目は大人びていても、まだ10歳である。精神が強くなるにはもう少し年月が必要だろう。厳しく育てられたとは言え、所詮何でも揃う王宮と、外の世界は感覚が明らかに違う。
成長を途中で止めなければ自らを守れなかったルークは、あっけらかんとしているが、今だに電池が切れるように眠りにつくことがある。深い闇は癒えること無く彼を蝕んでいた。
頬を紅潮させて一生懸命にキノへ話すルークを、微笑ましく見守った。
「おいらは、リツに『おとといきやがれ』って言ってやった」
「『おとといきやがれ』………?」
「まなとが教えてくれた。やな奴を追いはらうことばだって。あいつは、マナトにいやなことした。いじわるそうな、やな奴だ」
「…………何をしたんだ?」
膝上で聞いていたキノの声が、急に低いトーンへと変わる。
何となく……嫌な予感がする。
「マナトをたべようとした。首をぺろってなめたんだぞ。おいらが飛ばさなかったら、ぜったいにたべてた」
「そうか。ルークの言ったことは本当なのか?」
頭上から固い声が降ってきた。
嘘は言いたくないし、その場しのぎを取り繕うのも嫌なので、素直に頷く。
「うん。間違いではないけど、子供相手だし、あんまり気にしてない」
「こちらの者達は『獣人ではない』ことに興味をそそられるらしい。俺の匂いを嫌という程付けたのに、気付く輩もいるのか。さすが半分人間の血が流れている王子というだけある…………おい、聞いていないで、そろそろ出てこいっ」
荷物が沢山ある荷台から、キノが黒い物体の首根っこを掴み、奥から何かを引きずり出した。
「…………リツ…………!!??」
「おいっ、やめろ、離せってば」
大人のキノからしてみれば、子供を捕まえることなど造作もないことである。
首根っこを掴まんだまま、キノはまじまじと彼を眺めた。暴れていたリツも、観念したのか急に静かになる。肩まである黒髪が、さわさわと風に揺れた。
リツは母親に似て、妙な色っぽさを纏っている。
「こんな子供が眞人にちょっかい出すとは200年早い」
「…………なんで来たの?」
「お、お前……ル、ルークって奴が俺を蹴ったから、仕返しに来たんだ。」
リツは怒りと恥ずかしさが混ざったような、赤い顔で俯いた。
仕返しとは何とも可愛い。思う存分仕返ししてもらいたいものだ。
俺は、同じく笑みを堪えているキノと顔を合わせる。可愛すぎて、怒るなんてできなかった。
「キノ、そろそろ下ろしてあげたら」
「大人しくしろよ。何かしたら即降ろす」
キノはそっとリツを下ろす。するとリツは一丁前に睨みを効かせ声を張り上げた。
「ぶ、無礼もの!!王族になんたる扱いだ!!」
声の大きさに驚いたルークが俺の懐へ飛び込んでくる。キノの膝の上に俺とルークが乗った状態になった。
「一応、気高さはあるんだな。俺は王族だからとか、特別扱いが大嫌いなんだ。だから、王医を辞めた」
「王医だったのか……?」
「ああ。お前が生まれてすぐに城を去った」
当然、キノの事情など幼い王子は何も知らない。リツは不思議そうに首を傾げた。
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