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第30話その後8
扉を開けたのは、10歳くらいの男の子だった。とは言っても、背は俺くらいある。
顔立ちはまだ幼く、獣人には珍しい黒い髪の毛をしていた。ストレートの黒髪に、明るい茶色の瞳。耳は獅子寄りだ。着ているものからして庶民ではない。シンプルだが、細やかな刺繍が入っている。どこかで見た事のある面影に、誰だろうと考えあぐねていた。
「また逃げて来たの?」
意味深なリョウさんの質問に、彼はこくりと頷く。
「もううんざり。武道なんてまっぴら。あんなのコニスみたいな脳みそが筋肉の奴がすることだ。あと、ライとか」
「ライ様は、武道派だからね。リツ様には合ってないだろうけど、また怒られるよ」
「僕は本を読んでいたいんだ。野蛮な遊びは性にあわない。僕は母様似だ」
憂いな横顔を見たその時、俺の中で点と線が結びついた。
「君って、あの、アオノ様の……?」
「よく気付いたね。我が国の跡取り様だよ。城を抜け出しては、ここによく来るの」
「だってアオノ様にそっくりだから」
「リツ様は、母親のアオノ様似。ライ様は父親やのアデル王に似てる」
アオノ様に城へ呼ばれた時、王子達には会えなかった。彼らは第1線を退いた前王の元で、王族としての教育を受けていると聞いた。
余程厳しい教育なのだろう。どこの世界でも子供には息抜きが必要なようだった。
「誰?」
俺の元へリツが寄ってきた。近くで見ると尚更目鼻立ちがアオノ様に似ている。
「マナトだぞっ」
つかさず代わりにルークが答えた。
「もしかして、母様と同じ種族かな。感じが似ている」
「……当たりだけど、厳密には違うよ。俺は子供が産めない」
「ふうん……でも異世界から来たんでしょ。珍しい種族だって聞いた。母様と同じなのか」
「君にも同じ血が半分流れているから分かるだろう……って、なに……?」
目を細めたリツが、俺の首筋をクンクンと匂い始めた。リツからは、ふわりとアオノ様と同じ匂いがする。
リツは、俺の首筋をひと舐めした。
「ひゃぁっ……何するん……」
「うへぇ、獣人の匂いしかしない。複雑な香りだな」
「マナトにはキノの匂いが付いているんだぞ」
「こらっルーク。余計なことは言わないよ」
「余計なことじゃないぞ。マナトはキノとおいらのものだ。だから、お前はマナトに触るな」
口の周りにアップルパイのかけらを付けたルークが一生懸命対抗しようとする。
リツがルークを一瞥し、失笑した。世の中を馬鹿にしたような、高飛車な視線に寒気がする。多分、俺が苦手な部類の人間だ。頭が良いために周りを蔑んでいる。
「ガキは黙ってろ」
「ガキじゃない。おいらは16さいだし!!」
「嘘だろ?16さいって……」
「ルークは君より年上だよ。それは事実だ」
リツは目を丸くしてルークを改めて観察した。
ルークはどっから見ても5歳児ぐらいにしか見えない。でも、正真正銘の16歳であった。
「とにかく、マナトには近づくな!!このやろーー!!」
ピンク色の弾丸が体当たりして、リツが2メートルほど飛ばされた。
スローモーションみたいに呆気なく、小さな体が宙に浮いた。
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