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第29話その後7

「リョウさん、ルークいる?」 ルークが行くところは大体分かる。キノの古い友人であるリョウさんの店か、町のお菓子屋さんである。今日はリョウさんの店でスイーツを食べる予定だったので、ルークのことだろう、待ちきれずに行ってしまったに違いない。 リョウさんの店は、裏通りにひっそりとある。営業してるのか分からないくらいの、暗く重いドアを開けた。 「お、いらっしゃい。ルーク来てるわよ。さっきからお待ちかね」 リョウさんは、小さなカフェバーを経営している。どちらかと言うと女性寄りの性であり、姉御肌で頼り甲斐がある。マリーさんという可憐で可愛いパートナーがいる。 リョウさんは、クイッと手を翻し、親指で後ろにいるルークを指した。 ムスッとした不機嫌な表情で、ルークが座っている。 「ルーク、勝手に居なくなっちゃだめじゃないか」 「だって、おなかが空いたんだもん。しかたないぞ」 「仕方なくない。心配かけちゃだめなの!!世の中には怖い人が沢山いるんだよ」 「だって…………」 ルークは分が不利なると『だって』を多使用する。しかも大概はルークが悪い。 買い物に付き合うのも飽きてしまうのだろう。今日は比較的にもったほうだ。 俺は、気持ちを抑えるべく深呼吸した。頭ごなしに叱ってはいけないと、キノにも言われている。 「ルークが危ない目にあって怪我したら、悲しいんだ。だから、1人で行動する時はめんどくさくても俺に聞いて欲しい。出来る限りルークのやりたいことに合わせるから」 「…………うん。分かった……」 ルークには言い聞かせなければならない。しつこく繰り返すことは彼のストレスになる。機会を見つけては心を込めて伝えることにしていた。 「さあ、ルークも反省したことだし、うちの美味しいおやつでも食べてってよ。マリー、出来てる?」 「うん。焼けたよー。ルークの大好きな……」 「あー!!!!アップルパイだ!!マナト!!アップルパイだよっっ!!」 しゅんとした雰囲気から、ルークのテンションが一気に上がる。店内はアップルパイの甘い香りに包まれた。 こっちの世界はリンゴの木がとても多く、リンゴのレシピは多種多様に渡る。 ルークは飛び付くようにアップルパイをがっつき始めた。 「リョウさん、ありがとうございます」 「いいの。この笑顔が楽しみで作ってるもんだから。ルークをみんなで育てるつもりで、肩の力を抜いていこうよ。それはそうと、マナトはキノに十分愛されてるみたいだね」 「えっ……」 「キノの匂いが染み付いてる。しかも濃い。発情臭だね。昨日交尾したって丸分かりだよ」 俺は思わずうなじを抑え、後退りをした。 「ははははっ。こんなにべっとり獣人の匂いを付けてたら、誰も寄ってこないよ。『人間』の君は色んな意味で獣人の注目を浴びるんだ。キノの発情臭は御守りより強い効果がある。キノも考えたもんだね。感心するよ」 「は、はぁ……」 確かに、町へ行く前の日は、必ずと言っていいほどキノに抱かれていた。御守りの意味があることを初めて知る。 (そっかぁ。俺はキノの匂いしかしないんだ……なんか嬉しい) アップルパイを食べ、世間話に花を咲かせる。そろそろ帰る頃かと腰を上げた時、営業中でもないのにカフェの扉が開いた。

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