33 / 36
第33話その後11
ところが、王子の迎えがなかなか来ない。2日経っても音沙汰無しである。呑気なリツとは対照的に段々と心配になってきた。
ただ、ルークはリツが気になるようで、距離を保ちながら遠巻きに追いかけつつ、常にリツの傍をキープしていた。面白いことに、リツから話しかける場合は完全無視なのだが、ルークから話しかける時のみリツの発言が許されていた。
この現象は俺が来た時に似ている。滅多に他人を自分のスペースへ入れないルークにとって、進歩であり驚くべきことだった。
もしかしたら、リツはルークにとって特別な存在に成りうるのかもしれない。淡い期待をキノへ伝えたところ、彼は苦笑するのみだった。
「リツ、リツ、何してるんだ」
「見れば分かるだろ。本を読んでいるんだ」
リツは山ほどある専門書を片っ端から読み漁っていた。普段は医学書を触らせてすら貰えないらしい。
ずいずいと近づいたルークは、近距離で本を覗き込む。
「おいら、この草知ってるぞ」
「ああ。母様の身体によく効く薬草だ」
「キノとよくとりにいくんだ。これを干して、ごりごりすると、にがーいってなる」
苦い表情を顔全体で表現するルークに、リツはころころと笑い、彼の小さな鼻を摘んだ。
「ぶえっ」
「実際に生えている山へ行ってみたい。欲を言えば、リズ爺のところにも行きたい。あやかしの森にも」
「おいらはよく行くぞっ」
「お前は自由でいいな。僕は自由がどんなものか言葉でしか知らないから」
王子ともなると、行動が制限されるのは運命というか宿命だと思うが、世間一般を知らなければ憂うしかないだろう。
外の世界を知りたい王子と、次期王として完璧に教育したい王族とのせめぎ合いは、暫く続くだろう。仲良く本を読む2人を見ながら思った。
昼過ぎ、一区切りついたところで、診察室へ軽食を持って行く。キノは合間にサンドイッチやスコーンを昼食替わりにつまむため、軽食作りは俺の仕事だ。
「ねえ、キノ。リツをいつまで預かるの?」
「さあ。大切な王子様だからそのうち迎えに来るだろう」
今日はスコーンに甘く煮たリンゴを入れてみた。サクサクと軽快な音を立てて、キノが美味しそうに食べる。
「美味い」
「本当に?嬉しい!!新作なんだ」
「そうか。眞人は天才だな」
「えへへ……」
ポットに入れたハーブティーをそれぞれのコップへ注ぐ。俺は、小さい椅子を持ってキノの隣へ座った。
「ルークとリツっていいコンビだと思わない?余計にリツには帰って欲しくないというか。ルークも悲しむと思うんだ」
「確かに、ルークにはいい友達だと思う。だが、取り巻く環境があまりにも違いすぎて、後から苦しくなるのは本人達だ。それをルークは理解が出来ないと思う」
「そっか。仲良くていいなぁって思ったんだけど。複雑な気持ちになるね」
俺はハーブティーを飲み干した。苺の甘い香りが舌に残る。
「ルークの心配だったのか。俺はてっきり」
「てっきり……」
「二人きりの夜の時間が無いから、リツに帰って欲しいのかと思っていたよ。眞人は客がいると変な気を遣ってやろうとしないからな。俺は気にしないが」
ニヤニヤとキノが俺を見た。
「なっ!!!そんなことない!!絶対にそんなことないもんっ!!」
ほんのちょっとだけ……ちょっとだけそう思うことはあったけど、断じて違う。
思い切りかぶりを振ると、キノは笑いながら俺の肩を抱いた。
ともだちにシェアしよう!