36 / 36

第36話その後14

キノはアオノ様に親しみを込めて、人間の名前である「ショータ」と呼ぶ。それは2人の関係を表しているようで、俺はあんまり面白くなかった。知らない過去はお互い様で、いくら願っても俺が入ることは叶わない。小さな嫉妬は渦のように巻いて俺から消えなかった。 リツは今夜から別荘で暮らすことになった。昼間は入り浸るつもりなのだろう。彼の私物は置いたままだ。 少し静かになった家は、ルークが寝ると更に静まり返る。たった数日だというのに、賑やかさが懐かしくもあった。 「キノ…………」 「ん、どうしたんだ」 久しぶりの二人の時間である。嬉しいはずななのに何故か気持ちは曇っていた。 「赤ちゃん、順調でよかったね」 アオノ様には疲労の兆候があるものの、赤ちゃんは健康だったようだ。獣人の妊娠期間は人間とほぼ変わらない。10ヶ月近く、お腹で育てる。しかも、双子の時は随分と予定日が超過したらしい。 「とりあえず、だ。まだ先は長い」 「ねえ、キノはアオノ様と初めて会った時、どうだったの?」 「どうって?」 「ん……と、アオノ様って綺麗でしょう。ここに来たばっかの時もそんなだったのかなぁ……とか思ったり」 アオノ様は本当に綺麗だ。男らしくもあり、女らしくもある。性別の無い妖艶さは、見る者全てを魅了する。そのため、独占欲を刺激された輩に、幾度となく襲われそうになったと聞いた。 だったらキノも、魅了されたうちの1人じゃないかと。ずっと気になっていた。あんな素敵な人を好きにならない訳がないのだ。 「何を言ってるんだ」 「えっ、だってアオノ様は……」 「あいつは俺のことを『クソ医者』と言ったんだぞ。散々我儘言って、泣いて暴れて、失踪して、アデル王が命懸けで捕まえた。今でこそ妃のようにしおらしいが、あんなのは御免だ。王にしか扱えない。今まで綺麗だと思ったこともないし、第一俺の好みではない。腐れ縁の厄介な患者だ」 「…………ふうん」  想像していた返事と違い、ものすごく拍子抜けした。キノは全くその気が無かったのだ。  キノは耳をピンと立てて俺を見た。 「お前は何を心配している」 「だ、だって、あんな人が傍にいたら、キノだって好きにな……」 「そんな訳が無いだろう。俺だってリツの興味がいつ眞人へ移らないか、冷や冷やしている」 「リツはまだ子供だよ」 「子供と油断していては駄目だ。すぐ発情期を迎える。リツはその兆候がある」 流石医者である。キノにかかったら、リツもアオノ様も患者でしかない。 「とにかく。俺が愛して止まないのは眞人だけだ。生きる気力全てが失せていたお前を、どうにかして生かしてやりたかった。医者として無力だと感じたのは初めてだ。眞人はどうしたら笑ってくれるか、どうしたら自分のことを話してくれるか、毎日毎日考えていたんだぞ。後にも先にも頭の中はお前でいっぱいだというのに、眞人は俺に愛されている自覚を持って欲しい」 頭をポリポリと搔く仕草が、照れ隠しだと気付くには、大して時間は掛からなかった。 ぎゅ、と情熱的にキノが俺を抱きしめる。 「変な心配をしてごめんなさい」 「いいんだ。嫉妬も悪くない」 「俺、アオノ様を見てて、やっぱり赤ちゃんが欲しいなって思った。キノと俺の赤ちゃんがいつか生まれるといいなって」 「同意できないな」 俺は逞しい腕の中で、愛しい存在を見上げる。 「知ってるよ。だから、俺の夢。未来は何が起きるか分からないでしょ。愛する人との子供が欲しくなるのは、当然の感情だよ」 「…………夢なら自由ということか」 「そう。そうなの」 精一杯背伸びをして、キノの唇を求めたが、悲しいことに背が足りない。眩しそうに笑ったキノが、屈んで優しい口づけをくれた。 俺には幸せの神様がついている。 これから想像以上に賑やかになるだろうと、近くない未来を想った。 【END】

ともだちにシェアしよう!