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第35話その後13
鈍い俺でもようやく話が見えてきた。
アオノ様は新しい生命を育んでいる。そのためにここへ来たのだ。
「アオノさまのおなかには、赤ちゃんがいるのか?」
どこへ隠れていたのか、姿の見えなかったルークが突然現れる。アオノ様のお腹にそっと手を当て、愛おしそうに撫でた。
「そうだよ。小さな赤ちゃんがいる。君はルークだね。リツと仲良くしてくれてありがとう」
「なんでおいらのこと知ってるんだ?」
「それは僕が手紙に書いて教えたからに決まってるじゃないか」
「てがみ……うまいのか?」
「もう。山羊じゃない」
「やぎだぞー、めぇぇぇ」
実は、ルークはリツにいつ帰るのかを聞けずにいた。別れるのが辛いからと、昨晩は泣きながら眠りについたくらい、小さな胸は不安でいっぱいだったのだ。
リツは、彼にとって無くてはならない存在になっていた。俺やキノといった家族ではなく、初めて出来た『友達』である。
「…………帰る気が無いのはよく分かった。で、コニスは何しに来たんだ」
「失敬な。俺は、アデル王の代わりにアオノ様を守る命を受けてきた。帰る訳が無いだろう」
コニスが得意気にずいと前に出たため、俺はキノに抱きついたまま更に後ろへ下がる。強ばる背中をキノが優しく撫でても、辛い気持ちは変わらなかった。威圧的な風貌を受け入れることができない。直視できず固く目を閉じた。
(やっぱり嫌だ)
「うちの眞人が、コニスを怖いと言っている。正直、俺も姿を見たくない。コニスが診療所に入らない、眞人の傍に近付かないと約束するなら出産まで全力でフォローしよう」
思いがけない拒否に、コニスは目を見開いた。無理もないだろう。彼は、王の命令で来ているのだから。
「断る。アデル王の命に背くことはできぬ」
「なら、城で産むがよい。敵ばかりの城内でショータとお腹の子を守りきれる自信があるのであれば、だ」
「ぐぬう……卑怯なことを」
「卑怯なのはどっちだ。俺は国の跡取りよりも、眞人が大切だ。眞人が嫌がることをする気は一切ない。今までも、これからも」
手であしらわれたコニスは、苦虫を噛み潰したような表情になり、アオノ様の前へ膝まづいた。
「申し訳ありません。アオノ様を守りきることが出来ない。アデル王の命に背くことになってしまう。我が身の不覚です」
アオノ様はコニスの元でしゃがみ込む。長い髪がはらりと垂れた。
「いいえ。キノの指示通り、眞人には近付かないこと。それさえ守ってもらえば、できることは十分ある。わざわざお前を連れてきた意味が無い。リツも居ます。私はお前に頼みたい」
「…………アオノ様、ありがとうございます。このコニス、命に替えても貴方様をお守りします」
(立ち直り、はやっ……)
コニスは軽快に立ち上がり、別荘へ荷物を運ぶため、荷車に乗り込んだ。王族の別荘は、ここからもう少し山奥へ進んだところにある。今はあまり使われていないため、掃除が必要だろう。
キノの言うように、コニスの脳みそは筋肉でできているのだろうか。
「先ずは診察しよう。ショータの体調とお腹の子を確認する。眞人、案内して」
「はい。アオノ様、どうぞこちらへ」
「おいらもいくぞー」
「僕も行く」
案内する俺に、笑顔いっぱいのルークとリツが続いた。
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