1 / 2

第1話

そう、そこはまさに『戦場』だった。 ◆ 「慧ちゃん、お願いがあるんだけど」 こてん。首を傾げるのはこの男の癖だ。さらりとその角度に流れる髪は綺麗な淡い茶色。聞けばミルクティーブラウンと言うらしい。甘そうなその名前の響きは男によく似合ってる。肩まで伸びたその髪を今日はハーフアップにしていた。確かに、今日の気温は高めである。声をかけられ顔を上げれば、大きな猫目に俺が映った。 何というか、嫌な予感がする。 「その呼び方、止めてくれる?」 「可愛いのに」 「可愛いさを求めてる外見じゃない。で、何?俺忙しい」 「スマホいじってるだけじゃん」 「新しいバイト探してる。だから忙しい」 求人サイトを見ながら答える。この前まで働いていた本屋が閉店してしまった為、新たなバイト先を見つけなければならないのだ。そこそこ時給も良くて高校に入学してからずっとお世話になっていた店だったのに…。 「時給三千円」 …は? 「夕食付き」 …え? 「基本、学校終わった後の放課後だけのシフトだけど土日に入ったら時給が五百円上がります」 勿論、その時は時間によって食事が必ず付いてくる。 そこまで聞いて、俺は思わずスマホから目を離した。 「どお?まぁ、並大抵の根性じゃ働けない『戦場』だけど」 男は手に持っていたメモをひらひらと動かした。どうやら、労働条件はそのメモに書かれていた様だ。幸い、掛け持ちをしていたバイトも先月辞めたばかりの完全フリー。収入源が一箇所に絞られて更に高賃金の為、そのバイトだけでそこそこ稼げるではないか。 「その話、詳しく聞こうか」 その言葉に、ミルクティーブラウンの猫目の男、平井秞(ひらいゆう)は目を細めて笑った。

ともだちにシェアしよう!