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第2話

平井秞は、一年の時のクラスメイトだ。 その頃の平井は今より髪が短かったがとても綺麗な金髪だった。それでいて長身でスラリとしたモデル体型。猫目だが瞳は大きく入学当初から女子からの評価が高い、言わば勝ち組の男だった。 対して俺は産まれてから一度も染めたことの無い黒髪をそれなりに切り揃えた、身長はそこそこの平凡な男だ。まさに住む世界が違う。クラス発表の掲示板の前で沢山の人に囲まれていた平井を初めて見た時の素直な感想である。 新しい教室に入り黒板で席を確認すると、ランダムに数字が書かれた見取り図が貼ってあった。自分の番号の席に座り窓がある左を見れば、瞬間、目が眩んだ。 「初めまして。俺、平井秞。よろしくね」 「あ、うん。鹿山、鹿山慧(かやまけい)。よろしく」 嗚呼、眩しい。 少しだけ肌寒い、だが澄み渡る青空と共に映った平井がやけに眩しかった。 懐かしい思い出である。 今、隣を歩く平井は一年の時よりもっと身長が伸びていた。 相変わらずのモデル体型。同じ学校指定のカーディガンを着ているはずなのに、平井が着るとハイブランドに見えるのは何故なのか。成長期に期待していた俺は、相変わらずそこそこの身長だ。納得いかない。 「慧ちゃん、ちょっと寄り道していくから」 「ああ、解った」 平井から持ちかけてきたバイトは、どうやら学校から徒歩圏内にあるらしい。詳しい話を聞きたいと言った所、百聞は一見にしかず。と、その話から二日経った今日の放課後にそのバイト先へと向かう事となった。二年になりクラスが離れたので待ち合わせは正門前。そこから真っ直ぐ道なりに進むと商店街がありその先に大きな駅がある。左に向かえば大きな公園、右に向かえば住宅街がある。俺の家に帰るには右に曲がるのだが、平井は真っ直ぐ商店街の方へと向かった。寄り道といいながら、商店街のあちこちの店に寄った。八百屋、魚屋、精肉店、それと最後に大通りの小道を横に入った所にある小さな喫茶店。まさか、この喫茶店が例のバイト先なのだろうか。商店街で買った食材はこの店で出す軽食用だと考えれば辻褄が合う。 「ここか?バイト先」 「ああ、違う違う。ここもお使いで来ただけ。マスター、いるー?」 カラン。中々に味のあるレトロな扉を開ければベルか軽快に鳴った。中はカウンター席が五つと、テーブルが四つ置かれている。 「秞くん、いらっしゃい」 「こんにちはマスター。いつもの買っていくね」 「用意してあるよ。…おや、お友達かい?」 「そう、これから手伝ってもらうんだ」 「それはそれは、大変だねぇ君」 マスターと呼ばれた白髪の男が笑いながら俺に視線を移す。清潔感のある白シャツに黒のネクタイとベストが良く似合う、絵に描いたようなマスターだった。 「えっと、そんなに大変な感じですか…?」 「秞くん、詳しい事話していないのかい?」 「実際に見たほうが絶対いいと思う。俺は上手く説明できる自信が無い」 そう言いながら平井はマスターから紙袋を受け取った。 「平井、俺も手伝うよ。同じ場所行くんだし」 「慧ちゃん優しーね。じゃあ、この紙袋お願い」 後で飲もうね。 コーヒーのいい香りがする紙袋を受け取り、その喫茶店を後にする。 商店街を抜け駅前まで着くとそのまま線路沿いに五分ほど歩いた先にそのバイト先はあった。 「ここだよー。ここの十五階」 「…え?何?高級タワマンじゃん」 「さ、行くよー」 ◆ 自動ドアを抜け、オートロックを解除し高級ホテルよのうなロビーを抜けてエレベーターへと乗り込む。正直、未体験すぎて状況が把握しきれていないのが俺の今の現状である。俺の家は小さなアパートで母と二人で暮らしている。二階とはいえ所々錆びた鉄の階段を上るだけのありきたりなアパートだ。こんなマンション、本当に比べ物にならん。息苦しい。勝手に思い悩んでいるうちに目的の十五階に着いたのだろう。エレベーター特有の浮遊感を残し、その重たい扉は開いた。廊下に出て正面の部屋のドアに平井は鍵をさした。慣れた手つきで解鍵をし、扉を開ける。 「さぁ、慧ちゃん。その目で確かめて、この『戦場』を」 大丈夫、慧ちゃんにこのバイト向いてると思う。 平井の長く細く綺麗な指が俺の腕を優しく引っ張ったことで、扉の中へと入る。 そのまま靴を脱ぎ廊下を進み正面の扉を開け放てば。 開け放てば。 「秞遅い!早く手伝え締め切り近いんだよこっちは!」 「先生!十二ページ目の背景の確認お願いします!」 「あー!トーン番号間違えた!ぬあー!」 「目がチカチカする…、あ、何?このページ塗りつぶしたらやばいやつ?」 「先生確認を!」 「データ飛ばして!」 『戦場』、だった。 「平井…説明」 「向かって正面のお誕生日席に座っているのが俺の姉さんで、周りはそのアシスタントさんです!」 「えっと、何の職場?ここ…」 「今をときめく超大人気少女漫画『君に恋する7か条』の作者、はづき先生の原稿現場です☆」 「ま、漫画作家ぁあ!!?」 「ゆーうー!!突っ立ってないで手伝えー!」 「先生!今日は最強助っ人連れてきたから!」 「なんでもいい!猫の手も借りたいくらい!君、タブレット使える?アシの経験は?何の作業が得意?ベタ?背景?トーン?」 「え、え?何、バイトって漫画家さんのアシスタント?しかも、超有名な漫画家さんしゃねぇか!」 平井のお姉さんや他のアシスタントさんの手は止まることがない。 熱気が、凄い。熱意が、凄い! 「あの!」 「何!?」 「漫画の原稿、描いたことないです。タブレットもあまり使ったことないです。用語もよく解らないです」 「慧ちゃん」 「でも!」 この熱気、嫌いじゃない。 「はづき先生の漫画、デビュー作から全部読んでます。今連載している『恋7』も大好きです!本屋でバイトしている時におすすめポップ描いて売り上げあげた位にはファンのつもりです!」 俺、決めた。 「ここでアシスタントやらせてください!必ず、役に立ってみせます!」 「慧ちゃんならそう言ってくれると思った!」 平井と同じ大きな猫目が不敵に煌めいた。 「キミ、採用!」

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