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苦い恋の記憶

「加藤先生、ずっと好きでした。付き合ってください」  教師になって三年目の春だった。仕事にも大分慣れ、生活面が安定してきた時に、同僚であり先輩でもある加藤滉一(こういち)に告白をした。  教師になりたてだった頃からずっと優しく教えられてきたせいもあるが、何より教職に対する熱意に惚れ込み、憧れから育った恋慕だった。  もともと佐上(れい)は女より男が好きなところがあって、何人かと関係を持ったことはあったが、実はまともに付き合った試しはない。  皆一様に、鈴が本気になればなるほど冷めてしまって、体の関係以上を求めると逃げ出した。それも単に相手が悪かったのか、自分の方に問題があったのかは分からないが、今回はそれなりに自信があった。  ゆっくり段階を踏んで、三年もの月日を経て築き上げた友人という関係を経て、ようやく告白するに至ったのだ。少しばかり時間をかけ過ぎた気がしなくもないが、自宅に招かれて二人きりという好機はこれを逃せば二度と来ない気がして。  しかし、期待を込めて加藤を見つめると、ぽかんと口を半開きにした後、眉を下げてこう言われた。 「ありがとう。気持ちは嬉しいんだけど、僕、もうすぐ結婚するんだ」  その途端、正に奈落に突き落とされてしまった鈴は、やめとけばいいのに、加藤を強引に押し倒していた。 「なっ、鈴君、何を……」  下の名前で呼ばれるのを嬉しく思ってしまう自分に嫌気が差しながら、驚いている加藤に向かって言い放った。 「せめて、最後に思い出を下さい。あなたの後ろの処女ぐらい、もらってもいいですよね」 「やめっ、ぁ、」  嫌がる加藤の服を剥ぎ取り、そのまま強引に体を重ねていた。  後から思い出しても、あの時の自分はどうかしていたと思う。結婚すると言っても、仕事を辞めるわけではないので、そのまま同じ職場で顔を合わせるというのに、抑えがきかなかった。  それを最後に、加藤の自宅には当然行っていないし、顔を合わせても必要最低限のこと以上は話さなくなった。  そうこうするうちに、鈴の方が転勤することになって、とうとう和解もすることなく、それきりになった。  とても大事に時間をかけて温めていた想いなだけあって、さらに終わり方がいけなかったせいか、いつまでもずるずると引きずってしまっている。あれから、やがて四年が経ち、鈴も三十二歳になろうとしているのに、新たな恋に進むことができないままだった。 「やっぱり、野郎同士の恋愛なんて、今の日本ではまだまだだよなあ。結婚できるようになるのもいつのことやら」  その前に歳食ってじじいにならあ、と一人苦笑しながら、ベランダで葉巻を(くゆ)らせる。  もう、本気の恋愛には懲りた。性欲処理だけでいい。どうせ、自分と一緒になりたがる相手など現れないのだから。  目に染みるほど綺麗な満月を見上げて、鈴は煙草の煙と共に嫌な記憶も吐き出そうと努めたが、なかなか振り払えなかった。

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