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新任教師 アダム

 学生の頃から思っていたが、学校というのは独特な空間だ。同年代の子どもたちが集められていて、大人も少し混じるが、ほとんど子どもだけの世界ができあがっている。    そこには大人が入り込めない一定の面倒なルールやらが転がっていて、子どもたちは自ら進んで自分たちの首を絞めながら閉ざされた楽園で生活している。そんなイメージが昔からあった。  鈴が教師になったのは、多感な中学時代にかつていた教師に憧れたというありきたりな理由だったが、新任時代のような熱意は年々薄れてきて、惰性で続けているような感覚になってきている。  これでは駄目だな、と思いつつも、この姿勢は自分の生き方、つまりは私生活に直結していると気が付くと、それならば無理だとあっさり放り投げる。  自然と年寄り臭く人生を憂う気持ちが募ってきたのも、新任教師を見たことが原因だった。 「アダム・ルノワールと言います。こう見えてちゃんと日本の血も入っていますので、日本語もペラペラです。至らない点もあるかと思いますが、これからどうぞよろしくお願いします」  うららかな春の眠気を誘うような日差しの中で、その新任教師は目も眩むような美貌を惜しげもなく発揮し、職員室の女性陣に感嘆の溜息をつかせた。  ハーフとは言え、完全に異国の、それもヨーロッパの血が濃く流れているようなハンサムで、背は180は優に超えるような長身に、スラリと長い手足とモデルのように均整の取れた体つきだ。女性陣の脳内に浮かんだのは、まさに王子様だろう。  面食いだった覚えはないのだが、鈴もまたその見た目に視線が釘付けになりかけ、慌てて逸らした。そして、わざと捻くれた考えを引っ張り出して雑念を振り払おうとする。  ああいったタイプは、女に不自由をしない。自分とは別世界の住人だ。そう、一度も体以上の関係を築けない自分とは違って、結婚をしたがる女性もわんさかいて、彼が一目惚れしたと言えば、女性は即座に了承し………。  無駄に自分を貶め、アダムを持ち上げていると、その落差にずきずきと胸が痛み出したが、それを無視した。  主に女性陣からの大きな拍手を受けながら、アダムは教頭に案内されるままに自分のデスクに向かったのだが、不運なことにそこは鈴の隣だった。学生のように席替えを申し出たくなりつつ、苦笑いを浮かべながら握手をしようと手を差し出したのだが。 「How beautiful you are!」 (君はなんて美しいんだ!)  と言ったアダムは、大げさに感動しながら、握手どころか鈴の体を引き寄せてしっかりとハグし、頬にキスしてきた。 「ちょっ」  女性陣のみならず、男性陣からもざわめきが起こる。 「ソーリー。君が美しかったので、つい」 「つい、じゃないだろ」  思わず素の口調になって咎めるが、アダムはからりと笑って耳打ちしてきた。 「本当は唇にしたかったんですけどね」 「っ……」  アダムの吐息が耳に触れて、かっと顔に熱が上がる。間近の怖いほど綺麗な顔を押しのけようとしていると、教頭が咳払いをした。 「ルノワール先生。海外に住んでいらっしゃったとは言え、ここは日本ですから、そういった挨拶はあまり……」 「ああ、すみません。つい。……彼以外にするつもりはないけど」  後半だけ呟くように言っていたが、鈴にはしっかりと聞こえた。  笑えない冗談だ。とんでもない教師が来てしまった。と思いつつ、ちらりと自分のデスクに腰掛けているアダムを見やると、ばっちりと目が合い、華やかに微笑みかけられて眩暈を覚えた。

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