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プロローグ
2年前の冬の日。
雪の積もる庭の隅に、赤いものを見た。
雪見障子の四角い枠から見える庭木にも、雪は積もっていて。
一面の白の中に落ちたその赤い点が、無性に気になって尋ねてみた。
「あすこに、なにか、赤いものがあるよ」
ひとつ年下の書生が顔を寄せてきて、同じ方向を見て「ああ」と頷いた。
「椿の花が、落ちたのでしょう」
他愛のない言葉だった。
なるほど、椿か。
「近くで、見たいな」
「外は寒いので、体に触ります」
「ここに、運んではくれない?」
書生が庭を見ていた顔を、こちらへ向けた。
その距離の近さに、少し驚いてしまう。
書生が静かに首を振った。
「椿は、縁起が悪いので、お持ちすることはできません」
言われてみれば確かにそうで。
頭を下げて離れてゆく書生の後ろ姿を、無言で見送った。
首からぽとりと落ちる椿。
雪に静かに落下するその赤い花を想って。
いずれ訪れるであろう己の、最期のときを想った……。
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