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 彼の吐く花は、白い。  それは清廉な梔子(くちなし)の花で。  花びらの重なりあった可憐とも思える形を裏切るように、香りは熟れ切った肉体を連想させて、甘い。   嘔吐中枢花被性疾患。  花吐き病の通称で知られているその病を、彼が患ったのは去年の冬のことだった。    その最初の嘔花を目撃したのは、僕だ。  元より病弱な彼の、白い浴衣の背が、苦し気に丸まって。  喉奥からせり上がって来る吐き気に悶えながら。  彼は、白い花を吐き出した。  畳に落ちた梔子(くちなし)は、八重の花弁をはらりと散らして。  目眩がするほど濃く甘い匂いの中で、彼は。  嘔花の苦しみにか、抱えきれなくて零してしまったこころの苦しみにか。  うつくしい涙を、落として、泣いた。  こん、と彼は咳をする。  弱弱しい、空咳だ。  こん、こん。  口内に残っていた花弁が一枚、ひらりと舞った。 「大丈夫ですか」  僕は彼の、肩甲骨の浮いた背を、てのひらでさすった。  ちからなく、彼は項垂れて。  布団ごと抱えた足に、顔を埋める。  彼の咳が落ち着いた頃、僕は彼の背中から手を離した。  その指を、畳に散った白い花へと伸ばす。 「さわらないで」  涙声で、彼が言った。  けぶる睫毛が、濡れていた。  病床の麗人は、泣きながら首を振った。 「さわると、伝染るから……」    けれど僕は。  この甘く清廉な白色(はくしょく)に、一度触れてみたかった……。         

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