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花吐き病、という病は、思いの深すぎる人間が発症するという。
誰かを、こころの奥深くで想い、焦がれ、愛されたいと願う、さびしい人間が。
心臓よりも、なお深い場所で、行き場のない感情が熟成されて。声に出せない言葉の代わりのように、それが、花となって内側からあふれ出すのだ。
見た目のうつくしさとは裏腹に、花を吐き出すときの苦痛は、ふつうの嘔吐のそれよりも強い。
吐きたくない、と思って唇を閉ざすと、なおつらく、我慢すればするほどに、吐き出す花の量は増えてしまう。
頑健とは言えない彼の痩身を思えば、そのつらさや疲労は、僕の想像を上回っていることだろう。
それでも彼は、花を吐く。
言葉の代わりに、花を吐く。
敷布団の下に、僕は何枚も固綿の布団を重ね、長時間横たわる彼の体に負担がいかぬよう、その硬さを調節しながら、最後に包布 を被せて、ようやく寝床の準備を終えた。
彼はいつものごとく白い単衣 を身に着けて、気だるげに、脇息にもたれかかり僕の手元を見ていた。その着衣はまさしく死に装束で、彼がいつ息を引き取ってもいいようにと与えられているものなのだから、悪趣味のひと言に尽きる。
「終わりました」と僕が彼に声を掛けると、夢の中に居るかのような黒い瞳が、ゆっくりと瞬いて。
「ご苦労だったね」
と僕を労 ってくれた。
僕は彼の傍へ行き、細い体を支えながら立ち上がらせて、布団へと誘 う。
細かな文様の入った濃い緑色の畳縁を踏まないよう気を付けながら、僕は布団まで彼を連れて行き、そろそろとそこに横たえた。
あまりに慎重な僕の介添えを、彼がうつくしい唇をほころばせて笑った。
「お日様の匂いがする」
掛け布団を鼻先まで引き上げて、彼がそう言った。
今日は良い天気で、朝から日当たりの良い場所に布団を干していたのだった。冬の割りには、気候の良い日だ。
「きみにはいつも、迷惑をかけるね」
吸い飲みに白湯を入れて、それを乗せた丸盆を枕元に置くと、彼が痩せた指で僕の手首を掴んだ。
するり、と僕のそこが撫でられる。
彼の手はいつも冷えている。
こんな冷たい肌の下から、あの白く甘やかな花が生まれるのかと思うと、僕のみぞおちはそわそわと落ち着かない気分になった。
仕事ですから、と僕は答えた。
彼が花を吐くのを見たそのときから。
彼の世話は、僕の仕事となったのだ。
僥倖 であった、と僕は思う。
あのとき、彼の嘔花を目撃したのが僕であったことが。
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