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離れの、こぢんまりとしたこの家は、彼の檻 だ。
生まれながらに病弱な本家の長男が、嘔吐中枢花被性疾患に罹 ったのだと知られたくない彼の祖父と父親が、発症したその日から、彼をここに閉じ込めたのだった。
体だけでなくこころまで弱いのか、と罵倒される彼の姿は、痛々しくもうつくしかった。
花吐き病に対する治療法や発病の仕組みなどは、詳 らかにはなっていない。故に、精神が脆弱であるからだとする偏見も、色濃いのであった。
患者の吐いた花に触れると感染する、というのが一般的な見識ではあったが、患者本人に素手で触ると病が伝染る、などというデマが巷に流れていることもあり、彼を離れへ幽閉することは、あっさりと決定した。
誰にも惜しまれることなく、表向きは静養を名目として、彼は本宅を追い出された。
唯一の恩情といえば、書生である僕を世話係としてつけてくれたことだろうか。
住み込みで雑事を任されていた僕も、この日から居を離れへ移すこととなった。
僕は日々、本宅と離れを往復し、彼のために食事を用意し、床 を整え、風呂の支度をした。
彼は籠の中の鳥のようだ。
世話をするひとが居なくなれば、敢え無く死んでしまう。
けれど彼は。
僕の手だけを、必要としているわけでは、ないのだった……。
「やぁ、こんにちは」
洒落た洋装で、男はこの日も現れた。
布団に横たわっていた彼は、両目を細めて滲むような微笑を浮べた。
「先生、こんにちは」
彼の挨拶に、先生は帽子を脱ぎながら頷いた。
畳にあぐらをかいて座った男は、医者で。
梔子 の花の想い人は、この先生なのだった。
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