7 / 7
エピローグ
先生と別れた僕は、玉砂利の敷かれた道を逸れ、庭の端の木陰に身を隠し、こぽり、と喉奥から花を吐き出した。
僕の吐く花は、赤い。
真紅の花は、薔薇である。
地面に落ちて、はかなく花びらを散らしたそれを、僕は、土の下に埋めた。
二年前の雪の日に。
埋め損ねた花を彼に見られたときは、冷やりとした。
薔薇の時期とはかけ離れていたため、咄嗟に椿だと嘘をついた。
嘘まみれの僕が吐く、真っ赤な嘘の花。
僕は彼を愛している。
眠っている彼の手に、僕の吐いた花を握らせた。こんなことで感染するかはわからなかったが、彼は僕の望んだとおりに花を吐いてくれた。
彼が病を患ったことで、離れに幽閉され、僕は彼のお世話係になることができた。
彼のためだけに働き、彼のためだけに尽くす。
彼だけを見つめて過ごす生活は、しあわせだ。
たとえこの想いが、報われることがないのだとしても。
彼の傍に僕の居場所があるならば、僕はしあわせだった。
このまま離れに閉じ込めて、僕の手だけで世話を続けたならば。
あの花が枯れるときには。
僕は、彼の周りにたくさんの、薔薇の花を落とすだろう。
そうして想いのすべてを吐き出して。
僕は、空っぽの体で朽ちるのだ。
薔薇の花を埋め終えて、僕は木の根元へと視線を向けた。ここには彼の梔子 も埋まっている。
土の下ではやがて、彼の吐いた梔子と、僕の吐いた薔薇が、崩れ、混ざり合い、腐り果ててゆくだろう。
僕と彼の、未来の姿だ。
僕は笑って、地面を踏みしめながら、彼の待つ離れへの道を辿った。
白く甘い腐臭を放つ、檻の中の、彼の元へと……。
終幕
ともだちにシェアしよう!