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エピローグ

 先生と別れた僕は、玉砂利の敷かれた道を逸れ、庭の端の木陰に身を隠し、こぽり、と喉奥から花を吐き出した。    僕の吐く花は、赤い。  真紅の花は、薔薇である。  地面に落ちて、はかなく花びらを散らしたそれを、僕は、土の下に埋めた。  二年前の雪の日に。  埋め損ねた花を彼に見られたときは、冷やりとした。  薔薇の時期とはかけ離れていたため、咄嗟に椿だと嘘をついた。  嘘まみれの僕が吐く、真っ赤な嘘の花。    僕は彼を愛している。  眠っている彼の手に、僕の吐いた花を握らせた。こんなことで感染するかはわからなかったが、彼は僕の望んだとおりに花を吐いてくれた。  彼が病を患ったことで、離れに幽閉され、僕は彼のお世話係になることができた。  彼のためだけに働き、彼のためだけに尽くす。  彼だけを見つめて過ごす生活は、しあわせだ。  たとえこの想いが、報われることがないのだとしても。  彼の傍に僕の居場所があるならば、僕はしあわせだった。  このまま離れに閉じ込めて、僕の手だけで世話を続けたならば。  あの花が枯れるときには。  僕は、彼の周りにたくさんの、薔薇の花を落とすだろう。    そうして想いのすべてを吐き出して。  僕は、空っぽの体で朽ちるのだ。    薔薇の花を埋め終えて、僕は木の根元へと視線を向けた。ここには彼の梔子(くちなし)も埋まっている。  土の下ではやがて、彼の吐いた梔子と、僕の吐いた薔薇が、崩れ、混ざり合い、腐り果ててゆくだろう。  僕と彼の、未来の姿だ。  僕は笑って、地面を踏みしめながら、彼の待つ離れへの道を辿った。  白く甘い腐臭を放つ、檻の中の、彼の元へと……。       終幕     

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