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拍手御礼:川内は腐男子と詐称している
イラスト版をアトリエブログにも掲載 https://fujossy.jp/notes/10978
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「コレ、すごくね?」
バイトまでの時間をつぶすため、オレは国分くんとファーストフード店にいた。
スマホに表示されているのは、日置の友達だという川内 の書いた小説だ。
以前、飲みに勝手に合流されたことがあるので、オレと国分くんも面識がある。
「わーー、なんていうか……うん、すごいね」
昨日、日置とメシ食ってる時に、川内から日置宛てにこの小説のアドレスが送られて来た。
日置に聞いたところによると、川内は狙ってる女の子によって趣味をコロコロ変えるタイプらしい。
今はガーデニング女子にハマっていて、そっちの趣味に手を出そうとしたら、実はその子が腐女子だと判明したので、調子良く自分は腐男子だなどと言い出し、小説を書いて気を引こうとしたそうだ。
「腐男子って?」
実はオレも意味はよくわかってない。
二人してうーんと唸って、国分くんのスマホですぐ検索。
「あー、なるほど、BLっていうの?男同士の恋愛マンガとかが好きだけど、恋愛対象は女性って男子の事らしいよ」
なるほど。趣味と恋愛対象を一言で表す上手い言い方だな。
ただ、肝心の趣味が付け焼刃すぎるけど。
「まあ、姉妹とかいたら普通にBL読むから、そこまで不思議じゃないよね」
「えっっ!そういうものなの?」
一人っ子のオレにはまぁまぁの衝撃情報だ。
「多分。うちの場合はお母さんのマンガだけど」
「ふーん……じゃ、国分くんは腐男子?」
「いや、ヒマな時に手に取って面白そうだったら読むくらいで、別に好きってわけでも。そもそも恋愛マンガ自体あんまりピンと来ないから」
確かに、恋愛マンガを熱心に読む国分くんは想像できない。
ということは、妹がいる日置もBL本を読んでたのかな。
そう考えると、女の噂が尽きなかった日置が、いきなりオレを口説いてきた事も、本で読み慣れてたから抵抗が少なかったのかってちょっと納得出来る気がする。
「やー、でもこの小説、ふふっ面白いね」
「え、面白いってどこが?」
「ふっふはっ!いや、面白いって。僕にこのサイトのアドレス送ってよ。ちゃんと読みたい」
どうやら川内の小説は国分くんの笑いのツボにハマったらしい。
「でも、これで女の子の気を引けると思う?」
「いやっ……ふふっ。どうだろ?ふふふっっ。難しいかな。ふははっ」
とりあえず国分くんにURLを転送し、オレたちはバイトへ向かった。
翌日はバイトが休み。
家で晩飯食ったあと部屋でくつろいでいると、国分君からメッセージが来た。
『あの小説、あんまり面白いから、アプリ使って加工しちゃった。
ちょっと内容をはしょって、名前とかも変えてるけど、
観て。
あ、わかってると思うけど他の人に見せちゃダメだよ。』
ウソだろ。国分くん、そこまで気に入ったのか?
送ってこられたURLをタップすると、アニメ風の背景に
『君の胸に花束を』というタイトル。
ああ、ほんとにあの小説だ……。
画面には地の文とキャラの顔と吹き出しがあって、それをスクロールして読んでいくらしい。
キャラ絵は提供されている素材をそのまま使ってるようだけど、いかにもBLって感じであごがとがってて細身だ。
けど、オレもう、この話は読んだし……なんなんだ。
そう思いながら画面をスクロールしていった。
『君の胸に花束を』
街中で人とぶつかってしまって花束を落とした。
なんと相手はボクの憧れの国民的ロックバンドのボーカル、ヒオキング!
えっ!どうしよう!カッコいい!
そう思ってたら、ヒオキングがしゃがんで花束を拾ってくれた。
<「悪いね、急いでたから。きみ、かわいいね。名前は?」
<「す…すすスバルです」
うっ………スバルってオレか!普段家族しかしない名前呼び。
これは頭グルグルするくらい恥ずかしいっ。
しかもヒオキングって……国分くんかなり面白がってるな。
<「せっかくの花束が台無しだ。運命の出会いを記念して、キミに花を贈らせてくれないか?」
<「えっ!いいんですか?」
ヒオキングはスバルの手を掴むと、停めてあったオープンカーに引きずり込んだ。
花束をちょっと落としたくらいでダメになるかよ。しかもあっさり喜んでるし。さらに、路駐&拉致。
ヒオキングは一体何の用でそこにいたんだよ。いや、それ以前にここはどこだ。
国分くんはなんとなくショップの立ち並ぶ背景をチョイスしてるけど、文章には全く書いてないんだよな。
花屋に立ち寄ったヒオキングは車から飛び降りた。
<「この店にある花を全てこの可愛らしい人に」
<「毎度ありがとうございます」
<「わぁぁキレイ!」
スバルは腕いっぱいに花束を抱えた。
『毎度ありがとうございます』って、ヒオキングはそんな頻繁にこんなことしてるのか。
それに店の花全部買ったのに腕に抱えられるって、商品少なすぎだろ。
ああ、最初に読んだ時には読み飛ばしてた部分が、キャラの名前がヒオキングとスバルになっただけで捨てて置けなくなってしまった。
<「この花たちもキミに抱かれてかわいそうに」
<「えっ、なんでそんな事言うの?酷い!」
<「だってそうだろう。美しさを誇っていたはずなのに、キミに抱かれるとゴミにしか見えないよ」
思いがけない言葉にスバルは頬を真っ赤にした。
お前が抱いたら花もゴミになるって、100%悪口なのに、なんで赤くなるんだよ。
<「さあ、これからドライブデートとしゃれこもう。海は好きかい?」
<「うん、大好き」
ヒオキングは湾岸沿いをオープンカーでかっ飛ばした。
<「イエイ!気分は最高だぜ」
<「ほんと、最高!」
<「次はどこに行こうか?」
<「あなたとならどこへでも」
<「じゃあ、一緒に天国にまでかっ飛ばそうぜ!」
<「やったぁ!」
二人は心を通わせ、いつまでも見つめ合った。
ああ、もう……。
細かいところに突っ込む気力もない。
とりあえず見つめあってないで前向いて運転してくれ。
本当に天国に行くことになるから……。
夜の海岸沿いの公園でレストランにはいって、夜の夜景を見て、調理してある美味しい料理を美味しく食べた。
<「美味しいね」
<「ステーキはやっぱり松坂牛に限るね。ワインはやっぱり赤さ」
<「ロブスターも最高だよ!」
<「キミの笑顔が一番の調味料だけどね」
料理の知識ゼロ感がすごいな。
それにしてもゆったり晩飯なんか食ってるけど、二人とも用事があったんじゃないのか?
<「風が気持ちいいね」
<「ああ、最高だ」
夜景を見ながら夜の公園を手をつないで歩いています。
このシーンほんと、唐突なんだよな。
いつのまにか飯食い終わって、外歩いてる。
そして急にヒオキングが立ち止まって、スバルの顔をじっと見つめた。
<「好きだよスバル。キミを一生大切にする」
<「本当!嬉しい!僕もあなたのことが大好きだ!」
<「スバル!」
<「ヒオキング!」
<「結婚しよう!」
<「えっ!指輪?」
<「そうさ、この日のために用意してたんだ」
<「でも、僕たち男同士だよ?」
<「あ、そうだった!だったら結婚できないね。でも俺たちの愛は永遠だ」
ヒオキングは海に指輪を投げ捨て、スバルをぎゅっと抱きしめた。
それを見ていた周りの人たちは大きな拍手を送った。
……ツライ……。
なんでオレの名前にしたんだよ国分くん!
しかもヒオキングこの日のために用意した指輪って。
スバルとは初対面だから、他の女にやるつもりで買った指輪じゃねぇか。
こんなとこだけ日置っぽくてムカつく。
そして海に投棄するし、なんか周りに人いっぱいいたし。
ヒオキングは国民的ロックスターなんだろ?すぐYahoo!ニュースにのるぞ。
それから僕たちの甘い同棲生活が始まった。
もちろん二人が付き合ってるのはみんなにはナイショ。
秘密の恋人同士だけど、愛は誰にも負けないぞ!
<「ただいま!」
<「おかえり、ヒオキング。東京ドーム3days公演どうだった?」
<「バッチリだ!俺のかっこいい姿をスバルにも見せたかったよ!」
<「僕は誰も見てない世界一かっこいいヒオキングの姿をエブリデイ見てるからいいんだ。さあ、ご飯できてるよ」
<「うーん、今日は別に食べたいものがあるんだ」
<「え、なに?作り直しになっちゃう」
<「大丈夫。俺が食べたいものはもちろん、可愛いス・バ・ルだからね」
<「やだぁ!」
<「嫌なのか?」
<「ううん。嬉しい!」
<「好きだよ」
<「僕も大好き!」
こうして僕たちは、いっぱいキスをして、世界一素敵なカップルになったんだよ。
めでたしめでたし。
=End=
あ……ああ……もう。
色々すごすぎる。
国分くんが選んだキャラ絵がちょっと日置に似てるから余計にイラっとくるし。
スバルはオレと比べると美少年すぎて気持ち悪いし。
読み終えたオレは、川内の駄作をさらに問題作に仕上げた国分くんに電話をかけた。
「読んだけど、あれ何〜?」
『面白かったでしょ?』
「いや、精神的にかなりキツイ」
『えー、ぼく作りながら大笑いしちゃったんだけど』
「名前っっ!あれ酷くない?」
『えー。そこが面白いんじゃない。それに、松坂牛とか、東京ドーム3days公演とか、その安直さ、くすぐられるよねぇ』
「ああ、なんでスバルが公演観に行かなかったのかさっぱりわかんないし」
『だよね〜。それに人前で告白しといて、秘密の恋人だし』
そして気づけばあの小説で、国分くんと盛り上がって話し込んでしまった。
『あ、そういえば、あのURL日置にも送ったんだけどね』
「は?あいつにも送ったの?なんて言ってた?」
『うん、[すごく良くできてるから、川内も喜んでくれると思う]ってメッセージが来て……』
「え、あれを川内に見せるつもりなのか?」
『いや、そこもちょっとピントがずれてるな……とは思ったんだけど、さらにあいつ[ところでなんでキャラの名前を変えたんだ?ヒオキングってもしかして俺?だとしたらスバルって誰?]って送って来たよ。もしかして日置って……』
ひ…日置の野郎……。
「………まだオレの名前、知らねぇって事だな」
『だよね……』
「国分くん、それになんて返事した?」
『ん、知らないんだったら、そのままにしとこうと思って[適当にそれっぽい名前にしたんだ]って送っといた』
「そっか。うん、それでいい。ありがとう」
国分くんの力作は日置が川内に教えてあげたいと言うので、しばらくネットで公開されてしまうらしいけど、BLだしうっかり知り合いが見てオレがおかしな風にいじられるなんてことはないだろう。
……それにしても日置……。
あんだけオレにベタ惚れを装っておきながら名前すら知らないってどうなんだ。
……ん?
あれ?
そう言えば日置の名前って……。
あ、そうだ、そうだ。あいつの名前はサツマだ。
……そうだっけ?
えーっと。いや、サツマだよな?
あれ?じゃあ、妹の桜ちゃんはなんでハーって呼んでるんだ?
まあ、家族内の呼び方って、あだ名由来で単語が転々として全然違うものになったりすることもあるしな。
よし、オレの名前を知らなかった罰として、全然関係ないことでお仕置きしてやろう。
何がいいかな。
うーんと、ケツを回し蹴りとか?
……おかしいな。喜ばれてるイメージしかできない。
えーっと、ゴロ寝してる時に顔を踏みつけるとか?
……もっと喜ばれそうな気がする。
でもこっちが憂さ晴らしができて、あいつが喜ぶなら一挙両得ってやつだな。
足の指の運動とか言って、ほっぺたつねっていじめてやれ。
うん。絶対喜ぶ。
……なんか、いじめたいのか、喜ばせたいのかわからなくなってきたな。
ま、いっか。
《終》
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