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1章:日置くんはコスってほしい1

モテメンの日置(ひおき)が、今、オレの前で這いつくばっている。 なんていい眺めなんだ。 野外にもかかわらず、膝をつき顔まで地面につきそうなくらい……ああ、とうとう寝転んでしまった。 滑稽だ。 オレが右を向き、左を向きするだけで、コイツも右往左往。 この無敵感……たまらない。 「もうこのくらいでいいかな?」 「あ…もうちょ…あ、いや、ありがとうございました」 日置がオレに敬語……ふふふふ……気持ちイイっ! ここは山中(さんちゅう)にある、結構大きな寺だ。 そして大木に囲まれ苔むした石階段や、大きな灯篭の前、お堂などでコスプレした人たちが、キメキメのポーズをとって撮影をしている。 これは地方の観光PRイベントとして行われている、コスプレ撮影会のバスツアーだったりする。 風情ある写真が撮れる観光地を何ヶ所か巡って、地元の美味い飯も食って、良さを知ってもらおうという趣旨で、参加者はコスプレイヤーとカメコって言うのかな、つまりはカメラ小僧や撮影が趣味の人だ。 オレは別にコスプレ趣味はないんだけど、この企画にいとこが携わってて、知り合いが急に参加できなくなったから来てくれないかと誘われた。 コスプレとかちょっと恥ずかしいけど、どうせオレの地元からはちょっと離れた市だし、衣装も用意してくれるし、料金を出してもらえて美味い飯が食えるってことで、あんま何も考えずに参加を決めた。 けど、そこでまさか日置に会うなんて思いもしなかった。 日置は大学の同期で、ちょっと派手なモテメン。 普通なら絡むこともない人種だけど、居酒屋のバイトで一緒になった。 オレより後に入ったはずなのに、一年でバイトのサブリーダーとかになってしまうくらい…まあ、デキるヤツだ。 バイト先でも女子が日置の取り合いみたいなことして、しかも日置が二人ともを説得して結果バイトをやめさせるくらい、問題も解決も日置中心。 結局二人ともと付き合ってるとか、本当かウソかわからない噂も聞いた。 当然、このコスプレイベントでも目立ちまくっている。 他の男性参加者とくらべれば、群を抜いてイケメンだからな。 それにしても、まさか日置がカメラ小僧やってるだなんて思わなかった。 そのうえコスプレ好きだったなんて。 デジタル一眼を片手に、二年一緒にバイトしてても一度も見たこともないような笑顔を浮かべてる。 レイヤーの中には何人か友達もいるみたいだった。 明らかに日置に気のある素振りを見せる女の子もいるのに、なぜか日置は事あるごとにオレに絡んでくる。 初めは、あ、バレた……。と思った。 けど、そうじゃなかったようだ。 人工的な色調の栗色の長髪カツラにエメラルドグリーンのカラコン、目尻のアイラインだけばっちりで、うっすら化粧をしてる。 でもコスプレしてるとはいえ、そこまで変わってない……と思うんだけどな。 まあ膝上スカートの『魔法学校の生徒ちゃん』ではあるけど。 「イブちゃん、お茶貰ってきたから、飲まない?」 日置が媚び媚びの笑顔でオレに茶を差し出す。 「えー、サツマなんか混ぜてそうだから、いらない」 「えっ、そんなことしないって!」 「じゃ、しょうがないな、飲んであげる」 胡散臭いくらいのオレのツンデレキャラに、日置がデレデレだ。 オレは気持ち悪さ半分、面白さ半分といったところか。 ちなみに『サツマ』というのは日置の…偽名…じゃなくて、HNになるのか? まあ、カメコとしての名前だ。 ネットに撮った写真を上げているらしい。 あの日置が地面に這いつくばって撮ったコスプレパンチラをネットにアップして喜んでるのかと思うと笑える。 「イブちゃん、今日本当に初めてなの?ポーズも表情も決まってるし、衣装も本格的だ」 「初めてだって。衣装は借り物だから」 オレはちっちゃい頃からライダーポーズとか、戦隊モノのポーズとか、ガチめでやってたからな。 「でも俺イブちゃんのこと、どっかで見たことある気がするんだよな」 「サツマ、イブのこと見たことあるのに、忘れちゃってるってこと?ちょっとそれ、許せないんだけど?」 「えっ、あ、そうなるのか。いや、ちがう。一度会ってたらイブちゃんのこと忘れるわけないよ」 最低でも週三、多けりゃバイトと学校合わせて週六は会ってるぞ。 ちなみにイブというのはオレのコスしてるキャラの名前だ。 名前を聞かれたので、とりあえずキャラ名で呼ばせている。 オレが男だってことも当然わかった上でのこのデレデレぶり。 このキャラに相当入れ込んでいるようだ。 男同士の気安さにプラスして、お気に入りキャラだからなのか、とにかく距離が近い。 常に顔を覗き込むように見られて、いつバレるかとヒヤヒヤしていたけど、もうここまでデレデレ大盤振る舞いされると、バレた時に気まずいのはオレじゃなく日置の方だ。 「ちょっとトイレ」 「あ、うん」 オレがトイレ行くと言うと、日置がなぜか腰を浮かした。 「えっ、サツマついて来る気?ダメだぞ?」 「あ、ちが……。うん。ま、待ってる」 日置が真っ赤になった。 何考えてんだよ。キモいなぁ。 「待ってなくていいよ。すぐ移動だしバスに戻ってて。覗いたりしたら…ダメだぞ」 「ふぐぅっっっ!覗かないよ。大丈夫。さすがにそれは……まだ」 気持ちの悪い吹き出し方だ。 日置、実は結構キモメンだったんだな……。

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