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日置くんはイケている21[終話1]

最終章につき、終話がラブちゃん・日置で各三話ずつあります。 ―――――――― 人通りが多く賑やかなアーケード街から少し歩くと、細い一方通行に沿って古く小さな商店が点在している。 ある店は少し汚れたテントの店名がはがれかけ、ある店はショーケースの中に商品ではなく、店主が旅行先で買ってきたと思しき人形が置いてある。 シャッターを下ろした店や、大将一人だけでやっているような小さな工場(こうば)もあるようだ。 日置は濃いグレーのコートの裾をヒラつかせ、車道に対して直角に伸びる細い路地にカメラを向けていた。 そこは車も通れないただの生活道路で、通る人を邪魔しないよう気遣いながらも、自転車や鉢植えなど住人が好き好きに物を置いたり、飾ったりしている。 オレにはよくある狭い道にしか見えない。 日置は取り立てて表情を変える事なく、ポイントを見つけてはシャッターを切る。 オレは邪魔しないよう少し離れた場所からそれを見ている。 一応車が来たら知らせる役割のつもりではいるけど、ほとんど車通りもなく、全く役に立っていない。 スラリと長身な日置の濃いグレーコート姿はシルエットがスマートで、グッと大人っぽく見える。 明るい色合いのブロックを敷き詰めた道路が昼間の強い日差しを反射して、日置の姿を際立たせていた。 ……ああ、クソ。かっこいいな。 対してオレは内側にボアのついた厚手のチェックのパーカーにスニーカー。 どっからどう見ても大学生丸出しだ。……まあ、実際大学生なんだし問題ないんだけど。 無表情のまま日置がオレに手を上げた。 ここの撮影は終わりで移動するんだろう。 この日大学で顔を合わせた日置は、いつもより大きな鞄を肩にかけていた。 午前中の講義を終えて撮影に出るつもりだったらしく、校門へ向かっている途中でオレに会ったんだ。 「別に良いけど、見てても楽しい事なんかないよ?」 撮影してるとこを見たいと言い出したオレに戸惑いながらも、日置は同行をOKしてくれた。 オレを撮るときあんなニヘニヘしている日置が、普段の撮影ではどんな様子なのか見てみたいと思ったんだ。 さぞかし楽しそうな顔で撮ってるんだろうと思ったのに、撮影中の日置はずーっと無表情だった。 「ここ、どんな風に撮れてんの?」 普通の路地で、取り立てて撮るようなものなんか何もないように見える。 「え……まあ、普通にこんな感じ」 「………」 カメラのモニタに映ってるのは目の前の風景だけど、目で見るのとはやっぱりなんか違う。 日置の写真は少しコントラストが強めで、空気がキンと張り詰めているように見える。 目で見るより全てがクリアで、路地には重い影がかかり、家々の隙間から差す柔らかな光との対比が効いている。 写真の中には静寂があるのに、遠くで人々の生活の声が聞こえてきそうだ。 カメラを受け取って通路に向けてみた。 「あれ……?路地が真っ暗だ」 日置の写真だと綺麗に建物が見えるのに、モニタの中では路地が全て影に沈んでいる。 「ああ、もう少し前に出てみて」 「ん……」 数歩進むと今度はモニタの中の風景がパァっと明るくなった。 けど、今度は普通の風景すぎて、日置が撮ったみたい影が強く出ない。 「カメラに入る光の向きや量が影響するんだ。これを撮った時はたまたま…ほら、俺の立っていた位置に丁度消火栓の看板の影がうっすら来てたからこのバランスで取れたんだ」 理屈はよく分からないけど、こういう明るさのバランスで取れる位置を探し、さらにカメラの設定値も変えて撮ったってことなんだろう。 「いつもこんな看板の影まで確認して撮るのか?」 「まさか、たまたまだよ。でもいろんな偶然があるから面白いんだ」 そうか、無表情で撮ってたけど、あれでも面白いって思ってたのか……。 「そうだラブちゃん、そこに立って。もうちょっとだけ右」 「ここ?」 日置を見た途端、パシャッとシャッターを切られた。 「ほら、これ」 モニターにはいつも通り間抜け:面(ヅラ)のオレ。そして何かが反射しているらしく細い七色の光が数本キラキラと頬にさしていた。 「……ふふっ可愛い。妖精にキスされてるみたいだ」 「はぁっ……???」 確かにキラキラしていて綺麗だけど、可愛くないし妖精も写ってない。 けどニコニコ笑う日置の顔が眩しくて……。 日置の笑顔がキラキラ眩しいのは後ろにカーブミラーがあって……それに光が反射してるからドキドキするくらい綺麗に見えるんだ。 今、写真のオレの頬に光が差していたのと同じ理屈だ、多分。 移動して撮影はまだ続いた。 日置は近くの小さな:工場(こうば)のおじさんに声をかけ、仕事の邪魔はしないし、:十分(じゅっぷん)で済ませるからと約束し、さっさと中に入って撮影を始めてしまった。 知り合いかと思ったら全然知らない人らしく、その行動力に驚かされる。 明るい道路からいきなり暗い工場内に入ると、ボワンと広がる暗い光に目が眩んだ。 狭くてお世辞にも綺麗とは言えない工場で、取り立てて撮影するものなんかないように見える。 けど日置は無表情で周囲を見回し、何かに興味を示したと思ったらパシャパシャ。 また視線を巡らせる。 その横顔は凛々しく爽やかだ。 オレはただぼーっと撮影を終わるのを待ってるだけだ。 待ってるだけだから…暇だから……撮影に夢中の日置の横顔から目が離せない。 日置は本当に十分程度で撮影を終えた。 撮り終えた写真をモニタで工場の人に見せていたけど、やっぱり日置の写真はオレの目に映るこの工場とは大きく違っていた。 硬質なグリーンの光の中、壁に吊るされた工具たち。 こんなものあったっけ?そう思って見回すと、トタンの壁から透けた緑がかった光が差す場所が確かにあった。 実物はただの古びた道具なのに、写真の中では工具たちが自分たちの古さに自信と誇りを持っているように見える。 工場の中を広く撮った写真は温かみのあるオレンジ色の光で覆われていた。 これも光の関係でこんな色に写ってるんだろうか。 日置の部屋に貼っているのでクールな写真を撮ることは知っていたけど、わかりやすくおしゃれな場所やかっこよく古びた場所に行って、おしゃれな感じに撮影してるんだと思ってた。 なのにこんな普通のありふれて見える場所や物を撮ってるだなんて。 これから部屋に貼ってる写真も見る目が変わりそうだ。 日置の顔をじーっと見つめる。 やっぱりこいつのこの目はオレとは全く違う見え方をしている。 オレに見えないものを見て感じられない事を感じてる。 今一緒にここにいるのに、オレとは違う世界に生きてる人間みたいだ。 オレはつい、クイっと日置の肘を掴んでいた。 「ああ、移動しようか」 ………。 別に早く行こうと催促したわけじゃない。 やっぱり日置は、センスも、見た目も、そして行動力も、全部オレと違う。 あまりにもオレと遠い人間に見えたから、ほんの少しでもふれて側にいるって確認しないと不安になったんだ。 「ん……行こ」 日置はオレにふっと微笑んで歩みを進めた。

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