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日置くんはイケている22[終話2]
暖かな日差しと冷たい風にさらされて、古く小さな民家が立ち並ぶ路地をのんびり日置と歩いていく。
日置はどこへ行くのかもう決めているようだ。
オレはただそれについていくだけ。
ふと立ち止まると、日置がすぐそれに気づいて振り返った。
「どうしたの?」
「んー、いい天気だなって思って」
オレのなんてことない言葉に日置の顔がほころぶ。
「ああ、いい天気だね」
オレの手を握って日置がまた歩き出した。
外で手なんか……でも、人もいないし……いても知らない人だし……。
ま、いいか。
……はぁ。
オレはいつも日置を試してばかりだな。
今もそうだ。
先を行く日置がオレのことをちゃんと気にしてるか試したんだ。
オレとは違う世界の住人みたいな日置だから……。
オレのことなんかすぐ忘れて見捨てられてしまいそうだって不安がほんのちょっと大きくなってしまったから……。
オレが立ち止まった事に気づいたって、見捨てられないって保証にはならないのに、たったこれだけのことで安心してしまう。
「なんかオレ……いつも同じところをグルグルしてるな……」
「え……?ああ、古い家が多くて同じ道みたいに見えるかもしれないけど、大丈夫ちゃんと進んでるよ」
口をついた独り言に、日置が周囲を眺めて手をキュッと握った。
「次の撮影場所はそんなに遠くないから」
「別に……知らない道を一緒に歩くのも案外楽しいから」
ちょっと気遣わしげな目をした日置の手をキュキュっと握った。
「そう?よかった」
日置の声が弾んで、キュキュっと握り返してくる。
そうだな……オレの頭はいつまでもぐるぐると同じような不安ばっか覚えてても、日置とオレの関係は確実に進んでる。
ちろっと見上げると、日置もオレを見る。
ニッと笑うと日置もニコリと笑って、トンと肩をぶつけると……だらしなくニヤけた。
何度か角を曲がると、広い通りに出た。そして通り沿いの駐車場と小さな庭のある施設に入って行く。
ここは大昔は銀行として建てられ、ホールや資料館など様々な施設に変わり、今は広域の公民館として使われてる。
時代を感じさせるクラシックで重厚な石造りの三階建てだ。
たしか百年以上前の建物じゃなかったかな。
公民館だからもちろん一般市民の出入りは自由だけど、こんなところで何を?
『ここで待ってて』目でそう言って日置がカメラを取り出した。
やっぱここでも撮影するのか。
管理人さんに許可をもらって一緒に奥へと進む。
……古い外観ならまだしも、ここは単なる薄暗い階段だぞ?
なぜこんなとこを撮影するのか不思議すぎて、一枚撮った日置の元にすぐ近寄って行った。
「何撮ってんの?」
「今は手すりを中心に撮ってみた」
「は?手すり?」
そんなもん撮ってどうするんだ……?そう思ってカメラモニタを覗き込んだ。
右側は上階へ、左側は下の階へ続く重厚な階段を正面から撮影している。
階段の中央を区切る大理石に取り付けられた、みんなが掴むことで磨かれ銅色に輝く手すりが印象的に写っていた。
そして手すりの端にはゴシック調の羽の飾りが。
ええ?こんなのあったったけ?
そう思って階段を見れば確かにその通りの形でそこにある。
みんなが日常的に掴む手すりが、写真ではまるでオブジェみたいで、淡い光に佇む様子にはどこか神々しささえ感じる。
「へぇ……すごいな……」
「前に廃墟でラブちゃんを撮っただろ?あそこにあった重厚な机や窓枠を見て、この公民館でもレトロな雰囲気の写真が撮れるんじゃないかって思ってたんだ。だけどすっかり忘れてて、今日はラブちゃんと一緒だったから思い出せた。思ってたよりいい仕上がりになりそうだ」
「ふーん……じゃ、いい写真が撮れたらオレのおかげ?」
「ああ、そうだね、ラブちゃんのおかげだ。思い出させてくれてありがとう」
日置が優しく目を細めた。
あれ?なぜかまた日置の笑顔がキラキラして見える。
さっきはミラーがあったから……。今は…階段の踊り場に窓があるからな……そう逆光だからキラキラして見えるだけだ。
ちょっと心臓がドキンとしたのは……気のせいだ。
日置がスッと無表情に戻ってまたカメラを構えた。
何を撮っているのかはわからないけど、撮影する日置をじっと見守る。
立ち位置を変えながら、一枚二枚と枚数を重ね、施設内を移動し、また撮る。
あ、こんな大理石の古めかしい水飲み場あったんだな。
日置がカメラを向けた先には発見がある。
興味深く見ていたら、日置はもう移動して何かを撮影している。
窓が小さい古い石造りの室内は光の入りが悪く昼間でも暗い上に、利用者のない箇所には電気がついていない。
だから暗いところから明るいところへ視線を移すたびに目がチカチカしてしまう。
移動する日置を見失って、目の前には光の玉がにじんだ。
闇と光の中、カメラを構える日置のスマートな立ち姿が少しづつ像を結んでいく。
ああ、こいつって……本当にカッコいいんだな。
そう思った途端、無表情なまま日置がこちらを見た。
キュウっと心臓を掴まれたような感覚があった。
パシャ……シャッター音がする。
日置の目はオレを風景の一部として捉えていた。
まるで日置が知らない男のように見える。
少し寂しい、けどそれ以上に男らしい静かな佇まいに心惹かれてしまっていた。
………。
これは……まずい。
トクントクンと心音が強くなると同時に、にこやかな国分くんの顔を思い出した。
――そこまで無理して日置のかっこよさを認めなくても、そのうち『ズキュン!』ってくるよ。
ズキュン……。
それはパシャッというシャッター音に置き換わっていた。
顔がだらしなく崩れていない日置に撮影されたのは初めてだ……。
オレはかっこいい日置は嫌いなんだ。
……なのに。
ダメだ……。
困った………。
好きだ。
いや、今までも好きだったけど、でも、どうしよう。
また好きだって思ってしまった。
困った。
何度も何度も好きになる。
日置に心持ってかれたって何度も感じて、それでもやっぱりまだその先があった……。
はあ、嫌だ。
オレの好きってどれだけあるんだ?
どんどん好きになる。
一体どこまで好きになるんだ。
オレのささやかな抵抗なんかお構い無しに、どんどん日置を好きにさせられて、もうこれ以上無理だって思う日が来ても、またさらに好きになっちゃうのか?
ああ……そうだった。
日置と付き合うって決めて夜の公園に行った時、オレが自分で『もっと惚れさせてよ』とか言っちゃったんだ。
くっ……日置のバカ。
オレのあんなテキトーな言葉を真に受けて、本当にどんどん惚れさせてんじゃねぇよ。
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