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日置くんはイケている23[終話3]

「ラブちゃん付き合ってくれてありがとう。ここの撮影はもう終了。さ、行こうか」 「ん……その前にちょっと写真見せて」 「あ、うん。こんな感じ」 見せてくれた写真はどれも、さっきの階段の写真と同じように重厚でクラシカルな雰囲気だった。 そんな中にパーカー姿のオレなんかが写ってたら、おかしいんじゃないかって気になってたんだ。 あった、これ……あ、こうなるのか。 オレが写り込んでいたのは階段の踊り場のステンドグラスがメインとなっている写真だった。 ステンドグラスから差し込んでくる光が幻想的に色づき、周囲は深い陰に沈んでいる。 その前に立つオレは光と陰に霞み、辛うじて顔が判別できる程度で服装なんか全く気にならない。 オレの存在が鮮やかな画面にちょっとした変化を加えるアクセントになっていた。 静かな華やかさのある写真だ。 オレ、自分がメインで撮られるよりも、こうやって日置の写真の一部になる方が嬉しいかもしれない。 「ラブちゃんこの写真……ちゃんと顔が写ってないから気を悪くした?消そうか?」 「なんでだよ。消さなくて良いよ、綺麗だ」 「やっぱりそう思う?うん、うん、このラブちゃんすごく綺麗だよね」 「は?オレは普通にボケッとどっか見てるだけだろ?そうじゃなくてステンドグラスが綺麗だ」 「そう……?素朴だけど俺が撮った中でもかなり綺麗な表情だと思うよ」 小さなモニタで細かく見えない上に、かすんで辛うじて顔が判別できる程度の写真が綺麗だと言われてもちょっと複雑だ。 オレはそのままカメラを日置に向けて、適当にパシャパシャとシャッターを切ってみた。 驚いた顔とちょっとしかめた顔。 ちぇ、どっちもかっこいい。つまんねーの。 「うわ、変顔……これは即削除!」 「はぁ?イヤミか。さっきのオレの間抜け面よりよっぽどマシだろ」 「どこが。あのラブちゃんは文化財級に綺麗だ」 ……うーん、もしかして互いにかなり:贔屓目(ひいきめ)で見てる? くだらない話をしながら暗い建物から外へと出ると、傾き始めた晩秋の陽が目に染みた。 日置がキラキラ、チカチカ光をまとった笑みを向け、オレを振り返りながら歩く。 「せっかくだから、そこの公園でラブちゃんを撮っていい?」 「今日はお前の撮影を見てるだけだってば」 「じゃあ、俺の撮影を見てるラブちゃんを撮りたい」 「ええ……?まあ、撮影のついでにちょっと写るくらいならいいけど」 「そっか。よし、じゃあ行こう」 ビルの間に赤く色づいた木々が見える。 ここからだと歩いて五分ほどだろうか。市民の憩いの場となっている広い自然公園に向かって日置がオレの肩を押す。 押さなくったって場所はわかってる。そう思ったけど、厚手のパーカー越しに日置の手の温もりが伝わってくるようで、わざとその手に体重を乗せるように歩いた。 それにしても……。 あーあ。国分くんの言ってた『ズキュン!』がとうとう来ちゃったな。 以前までは普段の日置のかっこよさにドキドキしたとしても、オレを気遣ってくれてたり、オレのことを想う日置に対してだったのに、普通の女子みたいに素の日置の何気ないカッコ良さにまでドキドキするようになってしまうなんて。 うー。なんか……落ちぶれたような気分になってしまうのはなんでなんだろう。 それに……はぁ。 常に逃げ道を確保してないと不安なのに、もう自分の気持ちから逃げられない気がする。 いや、またどこかに逃げ道探して、そのたび心捕まえられて……ずっとそんなこと繰り返すのかな。 『同じとこぐるぐる回ってるようで、だけどしっかり進んでる』……オレはきっとそんな奴なんだ。 今まで日常の何気ない美しさに感動するなんてほとんどなかったのに、日置の目線ってやつに感化されたからだろうか。 目の前にまで近づいた公園に見える赤や黄の紅葉と、だんだんと夕方の色を帯び始めた青い空のコントラストに小さな感動を覚えていた。 さっきのステンドグラスの写真もキラキラと綺麗だった。 ……そして、撮影中の日置もすごくキラキラしていたから、横を歩く日置が視界に入っただけなのに、なぜかオレの胸はさっきのドキドキを再現してしまっていた。 トクン、トクン、トクン、トクン……。 その弾むような心音と小さな高揚感は秋の空のように爽やかで、清々しくて。 大きく膨らんで、するりと言葉を押し出した。 「日置……………好きだぞ」 「…………………え?」 日置の目がオレを捉える。 「……好き?えっ、な、何が?えーっとごめん、もしかしたら最初の方聞き逃したかもしれない」 「そうか。そりゃ残念だな。お前のこと好きだって言ったんだ」 「………え……あ、うん」 大げさに喜ぶかと思ったのに妙にあっさりした返事だった。 ……なんだよ、それだけかよ。 不満に思っていたら、オレの肩を押す手が強くなった。 「日置、歩くの早いよ」 「や、その…早く公園の中に……」 「なんでそんな急ぐんだ?」 「大きな木も多いし……多少は人目を避けられるかなって」 「何それ」 「……いや、その……ああ、しまった、さっきの公民館の方が確実にひと気がなかったな。公園だと木陰でもどこかから見られそうだし」 「……何するつもりなんだよ」 「や、その、ちょっとだけギュッとできたらなって……でも公民館の二階には人がいなかったからキスまでできそう……やっぱ戻ろうか」 「なんでだよ、公園に写真撮りに行くんだろ?」 「あ……うん、もうどうでもいい。今すぐラブちゃんを抱きしめたい」 「…………なんでだよ」 「……ラブちゃんのことが好き過ぎて泣きそうだから」 「……泣くな馬鹿」 「うん、泣かない。だから、抱きしめさせて」 なんで『泣かないから抱きしめさせて』となるのかよく分からない。 でも、言った日置自身もよくわかってないんだろう。 ……車はちょこちょこ通るけど……近くに人がいないから、ま、いっか。 オレは日置の手を取った。 そのまま引き寄せ、手の甲にそっとキスを一つ。 「ラ…ラブちゃん……!」 「公園は道を渡ってすぐ目の前なんだし、このまま行こう」 「あ…う…あ…う、うん」 ……このままゆっくり行こう。 オレはいつも日置との関係にぼんやりとした不安を持っていた。 なのに、どうしてだろう。 サッと霧が晴れたみたいに、この先もずっと一緒にいるオレ達を思い描く事が出来た。 それはもしかしたら、オレの中の『日置が好き』って気持ちから逃げられないって感じてしまったからかもしれない。 まあ、オレはどこまで行ってもオレだから、またすぐに日置の気が変わるんじゃないかなんて、ぐるぐる考えたりするかもしれないけど。 でももし将来、日置の気持ちが変わったって、今、目の前でオレのこと大好きって目で見つめてくる日置のこの気持ちまで嘘になるわけじゃない。 けどコイツみたいに『好き』って気持ちがの盛り上がり方が激しすぎる奴って、『好き』が煮詰まり焦げ付いて、すぐに無くなってしまいそうなんだよな……。 ちろっと日置の顔を見上げる……。 「日置、お前しばらく『好き』って言うの禁止な」 「え………なんで!?」 「……ずっと日置と一緒にいたいから……だよ」 「はふっっ………ぁ…あああ……ラブちゃん………大好き!」 「あ、こら『大好き』もダメ」 「ええっと……あ、あいらぶゆ~?」 「お前、濃く付き合って早く別れたいタイプなのか?」 公園に足を踏み入れると、風が少しだけ優しくなった気がした。 「まさか、嫌だよ!でもなんでずっと一緒にいるための条件が、俺の『好き』禁止なの?」 「んー、日置に『好き』って言われて嬉しいなって思いたいから」 「え………今は………嬉しく……ないの?」 「お前『好き』って言い過ぎだから、すげぇ嘘っぽいんだよ」 「ええ……そんな……これでもセーブしてるのに……」 この季節は空に夕暮れの色が混じり始めてからの変化が早い。 薄くグラデーションのかかった空をちょっと見上げる。 はぁ。たった今、心にかかってた不安の霧が晴れたばかりなのに、オレはまた無意味な不安を持っちゃってる。 やっぱオレはどこまで行ってもオレなんだな。 「ほら、早く撮影始めないと、秋は日が落ちるのが早いんだから」 「ああ、いい時間だね。短い時間で空や影の色が変化するのが楽しめる。目ではかなり暗くなってしまってるように感じても、結構綺麗に写ったりするんだよ」 そっか……。 日置もどこまで行っても日置だな。 夕方の空の色みたいに、オレたちの関係が今とすっかり変わっても、日置はその変化をいい方向に捉えて楽しんでくれたりするんだろうか。 そうだったら……いいな。 今夜は日置の家に寄って、撮った写真を見ながらあれこれ話したい。 きっと写真は日置の視線そのものだ。 それを通して日置のことをもっと知りたくなった。 そして、オレが日置のことをどんどん好きになっていて、日置のことを知りたいって思ってるってことを、ほんのちょこっとだけ教えたい。 でも、ほんのちょこっとだけだ。 オレはいつだって不安ばっかだからな。 日置が思ってるよりずっとオレは日置のことを好きで、何かあるたびどんどん好きになってしまってるとか、そんなことまでは教えられない。 ……けどたまに、本当にたまに真剣な横顔にズッキュン、ハートを撃ち抜かれることがあるってことは教えてあげてもいいかもしれない。 いや、ダメだな。まだまだ早い。 あ、この辺……人の背丈ほどの常緑樹がちらほら。そして人もいない。 「日置」 「ん?なにラブちゃん」 「おいで」 オレは日置の方を向いて、軽く手を広げた。 日置は一瞬目を見開くと、ニパァとだらしない笑みを浮かべてすり寄ってきた。 うん、可愛い。 ついでにそっと頬に手をやって、チョンと唇同士を当てるだけのキスをした。 「え……ぅわっ!」 ふれるだけとはいえ、オレがこんなとこでキスなんかするとは思わなかったんだろう。日置が驚いて芝生に尻餅をついた。 芝生に座り込んだままオレを見上げて、だらしない顔がさらにニヘニヘと崩れていく。 うん、やっぱ日置は日置だな。 かっこいい日置も悪くないけど、やっぱりオレはこんな日置が安心できるし大好きだ。 「撮影、しないのか?」 日置は座り込んだままカメラを空に向けた。 夕方の空は刻々と色を変える。 日置の表情のように。 そしてオレの不安な心のように。 今日はずっと無表情で撮り続けてた日置が、こんなだらしない顔で撮った風景はどんな風に仕上がるんだろう。 日置と同じ風景を見たくて、オレはカメラの向く空を見上げた。 《日置くんはオタオタしている=ラブちゃんサイド完》

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