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日置くんはイケている24[終話4]日置くんはコートの素晴らしさに気づく
俺の趣味の写真撮影にラブちゃんがついて来ると言う。
ラブちゃんの興味を引くようなものを撮る予定はないし、きっと面白くもなんとも無いだろうからと言ったけど『それでも良いから』『一緒に行きたい』『ダメ?』と可愛く小首を傾げておねだり3コンボをぶつけられた。
実は以前、友達の女の子が同じように撮影に行きたいと言い出して、同行したのは良いけど集中したい時に話しかけてきたりして、どうにも邪魔だったという事があった。
だからラブちゃんが一緒に行きたいと言い出した時、実はほんのちょっとだけ面倒くさいなと思ってしまっていた。
けど、あんな可愛いくおねだりされてしまったら秒殺ノックダウンだ。断るなんてできるわけない。
退屈な思いをさせるかもしれないと心配になりながら撮影を予定していた下町へと二人で向かった。
温かな秋の日差しの下、ラブちゃんと歩くだけでただの移動がいつもよりちょっと楽しくて、撮影を始めれば自分の趣味だから当然それも楽しい。
けれど、撮影に夢中になれば頭からラブちゃんの存在が消えてしまう。
ラブちゃんは無駄に話しかけてくるようなことはせず、街並みを眺めたり、しゃがんで何かを見たりしているようだ。
俺としては、趣味に没頭しフッと気づくとラブちゃんが側に居てくれるというのは幸せ以外の何ものでもないんだけど、やっぱりラブちゃんが退屈していないか気がかりだ。
「今は何撮ってたんだ?」
タイミングを見計らってラブちゃんが声をかけてきてくれる。
「今は……」
大好きなラブちゃんに大好きな撮影の話をして『へぇ!』と感心されて……。
今まで何度か一緒に撮影してるけど、ラブちゃんがこんな風に俺の写真に興味を持ってくれたことはない。
自分がモデルの写真の場合、サッと確認はするけどあまりじっくり見るのは嫌みたいだった。
自分なりに撮影で工夫したポイントなどをちょっと語りすぎたかなと思っても、興味を持って聞いてくれるので嬉しくて仕方がない。
俺にぴったり寄り添ってカメラのモニタを覗き込むラブちゃんにキスしたい。
俺のカメラを構えるラブちゃんを抱きしめたい。
今日のラブちゃんは可愛さ200%だ。
けどやっぱり撮影に入るとそんな可愛いラブちゃんの存在が頭から抜け落ちてしまう。
それでも全く気を悪くした様子のないラブちゃん。……はぁ……やっぱり天使だな。
大好きな人に自分の趣味について興味を持ってもらう事がこんなに楽しいなんて思わなかった。
写真を見てすげぇ!すげぇ!と繰り返し、俺のことをちょっと尊敬の眼差しで見てくれてる気もする。
撮影中にアホだの変態だの言われないのは初めてかもしれない。
……まあ、ラブちゃんにアホだのバカだのスケベだの変態だのと言われるのも嫌いじゃないけどな。
下町から移動し目をつけていたクラシカルな内装の残る石造りの公民館の撮影も終え、近くの公園へと向かった。
今日はラブちゃんに一体何があったんだろう。ただ並んで歩いているだけなのにすごく空気が甘い。
ラブちゃんの中のラブメーターの値がグングン上昇している気がする。
もしかしたら俺にどこかいつもと違うところがあるのか?
……コートか?
このコートは結構お気に入りで、スタイル良く見えるらしく周囲からも好評だ。
あ、髪型も少し違う。
少し前に襟足を短く切って、それからも長い時と同じようにセットしてたけど、今日は分け方とボリューム感を変えてみたんだ。
コートとの合わせ技で、ちょっと知的な印象になったと自分では思っているけど……。
いや、ラブちゃんは外見で騙せるタイプじゃない。
それにそもそも俺の顔はあまり好きじゃ……いや、顔じゃなく髪型だし、前の髪型は今と比べれば少しだけチャラかった。ラブちゃんはチャラ男は苦手そうだし……やっぱり髪型マジック?
ちょっとだけキメ顔を作って振り返り、ラブちゃんにニコリと微笑んでみた。
あ…ああああ……返ってきたラブちゃんの笑みがトロリと甘い……!
これはかつてない手ごたえだ。ラブちゃんのモノをチュパチュパさせて貰ってるわけでもないのにこんな表情をしてくれるなんて……はぁ幸せだ。
髪型か?やっぱり髪型なのか?
今度から髪を切るときにどんなスタイルが好きかラブちゃんに聞いてみようかな。
……嫌そうな顔でどうでもいいって言われそうだな。
よし、これからはヘアスタイルを変える時には国分くんに相談しよう!
公園へ向かいながらラブちゃんを撮っていいかと聞くと、最初は断ってきたけど『俺の撮影を見てるラブちゃんを撮りたい』と言えばOKしてくれた。
俺が撮影してるところを見てるラブちゃんを撮るって事は、当然しっかりカメラ目線のラブちゃんを撮影する事になるんだけど、多分そんな事には気づいていない。
そしてラブちゃんは約束をしたら多少ゴネても結局しっかり撮影させてくれるはずだ。
はぁ。コスプレなしのラブちゃんの写真集を作るという夢にまた一歩近づいた。
さっきの公民館で何気なく撮った写真も綺麗だったしな。
きらめくステンドグラスの前にたたずむラブちゃんの淡く霞んだ姿は、教会に降臨した天使そのものだった。
そう……幻想的な光の中、ほんのちょっと開いた唇は無垢なエロスをたたえ、ふれれば消えてしまう魅惑の処女天使だ。
ちらっと隣を見れば、エロスなど無縁そうな顔で歩くラブちゃん。
はぁ…どっちのラブちゃんも……好きだ……。
本当に大好きだ……。
以前ラブちゃんに『惚れさせてみろ』と言われ、俺なりに頑張ったけど確実に喜んでもらえるのはフェラだけで、それ以外はどうすれば好感度が上がるのかわからないままだった。
なのに今日こんなに甘く優しい時間をくれるってことは……。
ラブちゃん、俺、『少し好き』から『少し』が取れるくらいにはレベルアップ出来たのかな?
「日置……好きだぞ」
「…………………え?」
不意に耳に飛び込んできた言葉を理解するのに少し時間がかかった。
今、俺の事好きって……?いや、そんな超能力みたいに俺の心を読んで、好きだと言葉を返してくれるはずない。
「……好き?えっ、な、何が?えーっとごめん、もしかしたら最初の方聞き逃したかもしれない」
「そうか。そりゃ残念だな。お前のこと好きだって言ったんだ」
「………え……あ、うん」
それだけ言うのが精一杯だった。
ラブちゃんからの『好き』って言葉は当然嬉しい。
けどそれ以上に、いつも一方通行だった俺の気持ちと、ラブちゃんの言葉がぴったりはまったことに心が震えている。
驚いて、感動して、緊張して、そして脱力して、体の色々なところから色々なものが吹き出しそうだ。
けど、そんな大惨事になった自分を想像する事でどうにか動揺を抑えた。
好きだと言われたくらいで、大泣きしながら地面に崩れ落ちて吐く奴は、完全にイカれている。
でもやっぱりちょっとだけ泣いてしまいそうだ。
ラブちゃんを思うさま抱きしめたい。キスして好きだと何度も伝えたい。
とはいえこんな路上じゃそれは無理だ。
二人きりになれる場所はないか、せめて公園でちょっとだけハグできないか、どうにも気持ちがはやる。
そんな俺の手の甲に、ラブちゃんがゆっくりとキスを一つ落とした。
ちょっと落ち着けって事なんだろう。
だけど俺には逆効果だ。
つい今し方まで『気持ちが通じあった喜びを胸に、ラブちゃんを抱きしめたい』という清らかな願望で焦っていたのに、手の甲にふんわり柔らかい唇の感触を与えられてしまった途端、『このままどこかでヤれないだろうか』『もしくはラブちゃんのモノをパックンペロペロ』『ラブちゃんの素肌の温もりだけでも感じたい』『できればイクときの声も聞きたい』そんな風にどんどん妄想がエスカレートしていく。
そんな妄想をたぎらせていると、なぜだか急にラブちゃんから『好き』禁止令が出された。
たった今まで気持ちが通じあう喜びに浸ってたのに。
これは焦ってムラムラ悶々とする俺への罰なのか。
禁止と言われると余計に気持ちを意識してしまう。
鮮やかな秋の色に染まった公園の中を歩いていても、紅葉の美しさなんかそっちのけだ。
手の甲には唇の感触が残っていて、心には口に出すことを禁じられた『好き』が暴れている。
あ…トイレ……あるな。
あそこなら完全に人目を避けられる。
でも愛らしいラブちゃんには公園のトイレでアレやコレやなんか似合わない。
……この近所で御休憩できるとこあったっけ?でも俺ラブホって行ったことないからな。
やる気満々でラブホに行って、中に入った途端オドオドと情け無いところを見られるのはかなり嫌だ。
チュッチュペロペロは無理でも、せめてハグ。
ラブちゃんの香りを嗅ぎながら温もりを感じたい。
そして温もりの残る体で、エロ妄想をしながらラブちゃんを撮影。
これだけでも俺にはかなり……。
「日置」
「ん?なにラブちゃん」
考えに浸っていたら少し先を歩いてしまっていたようだ。
振り返ると、秋風に撫でられたからか、ほっぺを赤くしているラブちゃんがサッと両手を広げた。
「おいで」
ここが公園である事も忘れ、条件反射のように俺はラブちゃんに抱きついていた。
ああ……もう可愛い。
ラブちゃんの匂いをクンクン。じんわり温もりが伝わってきて……。
その時予想もしなかったことが起きた。
まさかの、ラブちゃんからのチュウ。
さっき手の甲へのキスですでにメロメロだった俺は、力が抜けてみっともなく芝生にへたり込んでしまった。
……ああ、デジャヴュ。
いや、実際前にもあったなこんなこと。
以前は足を怪我してたせいで立ち上がりにくかったけど、今日は悶々としてたせいでしっかりがっつり勃ってしまった。
いきなり崩れ落ちた俺を気遣わしげにラブちゃんが覗き込む。
突然のバードキスなんていう大サービスすぎなイタズラの後、優しく気遣ってくれるなんて、今日のラブちゃんはツンデレゼロのラブリーピュア天使だ。
「撮影、しないのか?」
え、こんなガン勃ちで?
ああ、膝を立てて座り込んでるからラブちゃんは気づいてないのか。
だったらこのままごまかそう。
俺の顔を覗き込んでくるラブちゃんを見上げてカメラを構える。
……あれ……?
なせかラブちゃんが後ろを振り返った。
そうか、今日は自分が撮影対象になるとは思ってないのか。
だったらより自然なラブちゃんの表情を撮れそうだ。
空を仰ぎ見るラブちゃんの横顔をパシャリ。
少しアングルを変えてもう一枚。
………コートを着ていて良かった。
不埒な部分は覆われて、立ち上がっても勃ち上がってるのが目立たない。
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