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地方に本社を置いている会社へと打ち合わせに赴き、長い打ち合わせと長い運転に疲れ、コーヒーでも買おうと自販機のそばに車を停めた。
それは昔ながらの駄菓子屋の前だった。
ついつい誘われるように店内を覗くと、雑多に置かれた駄菓子や懐かしいおもちゃに、疲れた脳が過剰に喜んでしまった。
地域性だろうか。知らない駄菓子が多い。
なのに懐かしく感じることが不思議だった。
一人暮らしのマンションに帰って袋の中身をザッとテーブルにぶちまけ眺める。
ベビーカステラやうまい棒に始まりスーパーボールや水鉄砲など、何故こんな物をと思うものまで買ってしまっていた。
オレはここまで疲れてたのか…と、数時間前の自分に同情の気持ちが湧く。
何を買ったのか一つづつ手にとって見ていると、「悪魔召喚」と書かれた小さな袋があった。
おどろおどろしい悪魔の絵が描いてあるが、要は『妖怪けむり』とか『ゆうれいけむり』といった、ネバネバを指につけ、けむりのような糸を出して楽しむおもちゃだ。
うまい棒を咥えてその袋を開ける。
魔法陣が描かれた黒いカードのトレペを剥がすとネバネバが付いていた。
説明書きには「いでよ悪魔」と叫びながら指を擦るようにと書いてある。
いでよ悪魔…?
なんとなく語呂が悪いな。
オレはスッとネクタイを緩めると、うまい棒を食い尽くし、指にネバネバをつけて蛍光灯に向け突き上げた。
「いでよ!我が僕しもべ。我に永遠の忠誠を捧げよ!」
モクモク……。
うん、こっちの方がかっこいい。
もう一回。
モワンモワンとおばけけむりが舞う。
「いでよ悪魔よ!そしてその身を我に捧げよ!」
なんか世界征服とかしちゃいそうじゃね?
まあ、そんなことには興味ないけど。
「いでよ!なんかエッチな格好とかだと嬉しいな!」
モワンモワン。
「いでよ!魔女っ子っぽい格好で!」
モワン……。
あ、もう終わりだな。
……何やってるんだオレ。
ポリポリと頭を掻いてハッと気づく。
「ああ、クソ。おばけけむりが髪についた!」
風呂に入ってスーパーボールを湯に浮かべ、水鉄砲で打つ。
なんでこんなモノを買ったんだと思ったが、それでもしっかり楽しむのがオレ流だ。
そう。オレは自他共に認める出来る男。
幼稚な遊びにもバッチリ対応だ。
なんでも受け入れる順応性は、みんな『何を考えてるのかさっぱりわからない』と首をかしげるほどだしな。
………。
しかしそんなオレでも、風呂から上がりバスタオル一枚で戻ったリビングのソファの後ろにゴツい男が隠れていたのには少し驚いた。
隠れてはいるがデカいのではみ出してしまっているし、扉からだとその男のいるソファと壁際のラックとの隙間が正面にきてぼぼ丸見えだった。
どうしよう。
通報した方がいいんだろうけど、スマホはソファのそばのテーブルの上だ。
オレがそんなことを考えていると、男がびくんと背を反らし一瞬にしてオレンジと黒髪ツートーンの十二歳くらいの少年に変わった。
理解しがたい状況だ。
まだ隠れているけど、多分ケツがソファからはみ出している事には気づいていないんだろう。
黒いエナメルとチュールのミニスカートなので、Tバックがチラ見えしている。
そこだけ見たら女の子っぽいけど、変身する前は思いっきり野郎だったから少年なんだろう。
はぁ。
風呂上がりのビールでも飲むか。
ソファに座って缶を開ける。
っぷはぁ。美味い。
一気に飲んでしまった。
そして冷蔵庫を開けた。
「あれ?ない」
クソ。もう一本飲みたかったのに。
「はぁ。ビール飲みたい。ササミの燻製とチーズも食いたい」
しょうがないのでトイレに行ってベッドに寝転びTVを観る。
寝落ちすると悪いのでタイマーセットしとくか。
「あ、そういえば、あの変質者どうしてるんだ?」
つぶやいたとたん、目の前にコンビニの袋が。
「あの……ビールとササミとチーズ。チーズはどれがいいのかわからなかったんでとりあえず裂けるヤツにしときました」
「うわ。気がきくね変質者!」
「いや、変質者ではなく悪魔です」
「ふぅん」
パッケージはあいてないし、傷もないから変なモノを混入したりはしてないだろう。
一応ビールの缶は飲み口を除菌ウェットティッシュで拭いて。
ぷはー。
ササミも美味い。
ちょっとつり目の可愛いらしい顔がオレを覗き込んでいる。
サラサラストレートのおかっぱ風ショートヘアで、首にはちょっとゴツめの金属の輪のついたチョーカーをつけ、胸元には編み上げの黒いエナメルビスチェ、同じく黒いエナメルのチュールつきミニスカート。ガーターベルトでストッキングを止め、足元は編み上げの………。
「おい、ブーツは脱げよ。土足厳禁!」
「あ、はい」
ミニスカートなのも気に留めず、足を上げぴょんぴょん飛びながらブーツを脱いでいる。
それなりに高いかかとなのに、フローリングの床で足音が立たないのが不思議だ。
「変質者さぁ、十二歳くらいに見えるんだけど、ビールどうやって買ったの?コンビニじゃ子どもにビール売らないでしょ?」
「あ、それは、その、それなりに」
急に恥ずかしそうに手で服を隠した。
「『それなりに』って何それ。てか、誰?」
「え、悪魔です」
「それ、さっき聞いたし。何者?名前は?」
「ええっと。さっき悪魔召喚で呼んでいただいたサモナです」
「なに?ストーカー?カメラでも設置してんの?それでオレの悪魔召喚を見てエッチな魔女っ子姿で来たってこと?」
「いえ、この部屋にカメラなどはついてません。けど、この格好に関してはおっしゃる通りです」
「……ってことは、ストーカー?」
「ご自分にストーカーがいるかもと思えるその自意識過剰っぷりはお見事ですが、ストーカーではありません」
言葉は丁寧だけど、微妙にムカつくな。
「じゃ、なに?」
「ですから、先ほど悪魔召喚で呼んでいただいたサモナです。魔界在住で身分としましては悪魔族の準貴族、修士課程取得中です」
「貴族でもないし、学校も出てないってこと?つまり警察呼んでおk?」
「おっしゃる通り、現状学生バイトです。そして警察はノンノンです。私に人間の法は適用されません」
「なら、悪魔警察みたいなのに通報?」
「お、おおぅ……なかなかなこと考えますね。確かに取締官はいますけど通報方法知りませんよね?」
こいつが悪魔召喚カードできた悪魔だと言い張るなら………。
オレはカードを手にとった。
「取締官の悪魔さん、変質者です!」
「おおう!やめてっっ!やめてっちゃ!」
サモナがカードを奪い取ろうとするので、高く掲げた。
それでも取ろうと必死でぴょんぴょん飛んでいる。
「なんだ、本当にこれで呼べるのか」
「あんた、取締官がどんだけ怖いんか知らんけんっちゅって、無茶苦茶な事せんで!」
よく見るとサモナが浮いている。
浮いているのにぴょんぴょん飛んで取ろうとするだけで取らない。
つまりこれはカードに触れられないってことか?
いやそれ以前に浮いてるって……。
あれ?マジで幽霊や妖怪の類 い?
一瞬怖くなったけど、オレの何倍も怯えた様子のサモナを見ているとスウ…と恐怖がおさまっていく。
「勝手に人の部屋に侵入したのはお前のほうだろ」
「だって、あんたが呼んだんやんか!」
「お前そもそも何しに来たんだ」
「あんたが悪魔召喚で呼んだけん来たんやろ!」
半泣きの顔で叫んだと思ったら、急にハッとし、顔をきりりと作って背筋を伸ばした。
「いや、お見苦しいところを……。私は悪魔召喚カードによって召喚された悪魔サモナ」
「もうそれ何回も聞いたし」
オレの言葉に一瞬ウッと詰まりながらもサモナはさらに続けた。
「『悪魔召喚カードの使用』と『召喚の言葉』により契約は成立です。私は貴殿の望みを一つだけ叶えます」
「こういう場合、三つ叶えるってのが定番じゃないの?」
「悪魔召喚カードが一枚いくらかだったか覚えていらっしゃいますか?叶えるのは一つだけです。ちなみに一度召喚すれば次に本当に悪魔を召喚出来る『悪魔召喚カード』を買っても悪魔は召喚されません。さあ、望みをおっしゃってください」
「なんでも?」
「はい。なんでも構いません。さあ、何をしますか?友達のレアカードを自分のコモンカードと入れ替えますか?こっそりお父さんのプラモデルで遊びますか?お母さんのマイバッグにゴキブリをいれますか?学校を休んで一日遊園地で遊び放題……」
「小学生じゃねぇんだよ。なんかずいぶん例えがしょぼいな」
「……まあ、その、子供向けの悪魔召喚カードですので。もちろんどこかの大統領や王になりたいという願いでも大丈夫です。けれどその場合百二十年くらいかかります」
「その時オレは百四十八歳か。死んでるよ。不老不死的な事は?」
「生命のルールには逆らえません」
「まあ、別に大統領とか王とか興味ないけど。でかい夢は時間がかかるってこと?じゃ、五億円くれみたいなのは?
」
「いつ入手出来るかは明言できませんが、コツコツ宝クジなどを買っていただいて、当たる確率を0.1%程あげます。そして五億円に到達したら効果終了です」
「0.1%って低くね?しかも宝クジは自腹だろ」
「悪魔召喚カードがいくらだったかおぼえてらっしゃいますよね?初めは当選確率の高い宝くじを買って、元手を増やしてから当選金の高い宝くじを買えば早く五億円に到達できますよ」
自慢気に言ってるけど、完全に運任せじゃないか。
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